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ブレグジットを見通していた「鉄の女」 冨田浩司・G20サミット担当大使に聞く(2)

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 島国・日本とって、大陸とどう適切な距離感を取るかは、常に頭を悩ます課題だ。事情はヨーロッパの英国も同じ。「氷の女王」メイ首相も「鉄の女」サッチャー元首相も、対欧州問題に膨大な時間とエネルギーを注ぎ、結果としてともに退陣の引き金となった。特に「欧州連合(EU)域内にとどまることと離脱することに大きな違いはない」として英EU離脱(ブレグジット)を見通していたかのようなサッチャーの挫折は、迷走するこの問題を知る上で欠かせない。さらに組織のリーダへの教訓となる点も少なくない。長らく対欧米外交などを担当するかたわら、サッチャーらの評伝も著した冨田浩司・G20サミット担当大使に聞いた。

市場開放を目指しながらも主権の制限は拒否

 冨田大使は「英国には保守・労働の党派を越えて政治を分断する断層帯がいくつか存在する」と指摘する。古くは北アイルランド問題、第2次世界大戦後は欧州問題だという。「欧州に関する戦略的議論に先鞭(せんべん)を付けたのはチャーチル英首相だった」と冨田大使。欧州合衆国を呼びかけたチャーチルを、ヨーロッパ連合(EU)建設に寄与した1人と評価する声は少なくない。他方「ポスト・メイ」の有力候補で強硬離脱派のジョンソン英前外相は「チャーチルは欧州と緊密に結びつくことを欲しながら単なる1メンバーになることはあり得ないと考えていた」と自著で反論する。

 サッチャー自身は徹底した欧州懐疑主義者ではなかったようだ。冨田大使は「サッチャリズムによる経済自由化の流れを大陸市場にまで押し広げ,西側の連帯を強化する狙いで、サッチャーは対欧協力に一定の積極的な意義も見いだしていた」と言う。市場開放、関税障壁の除去、西側同盟はサッチャーの看板政策そのものだからだ。その反面ミッテラン仏大統領やコール独首相と違い、欧州統合を歴史的な使命と捉える理想主義は全くなかった。いわば機能主義的な欧州主義者といえる。英国の主権を制限するような動きには徹底的に反対した。

 サッチャーは首相就任とともにヨーロッパ共同体(EC、EUの前身)拠出金の一部返還を求めた。英国の利益のためにあまり使われておらず「持ち出し」になっているという主張だ。拠出金を「私のお金を返して」と位置づけること自体、共同体の理念とは相いれない。さらに頑強なサッチャー流の外交術に欧州側の警戒心をつのらせた。

 冨田大使は「自分を含め外交の専門家は、外交とは本能的に異なる主張について、どこかで折り合いを見つけるプロセスだと考えがちだ」と話す。まず「落としどころ」を考え、そこから逆算する形で交渉を組み立てる癖があるという。サッチャー流は自らの主張を徹頭徹尾追究し、最後の最後で妥協を考える「いわば玉砕型だった」(冨田大使)。長期の交渉で一定の拠出金返還を勝ち取った間にも、英国と欧州との関係は深化していった。

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