現場発で考える新しい働き方

副業・兼業で何が問われているか 弁護士 丸尾拓養

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「継続的な人間関係」が維持困難な場合も

 「終身雇用」や「長期雇用」が変容していくことには抗し難いでしょうし、既に変容してきています。それでもいわゆる「正社員」と分類される労働者は3000万人を超えています。30年前と比較しても大きな変化はありません。いわゆる「非正規雇用者」が増加して、労働者人口全体が増加する中で正社員の比率が下がってきました。65歳からさらに雇用継続が引き上げられれば、正社員の比率が50%台となり、いつかは50%を割ることもあるでしょう。そもそも正規雇用という仕組みがどこまで維持できるかは流動的です。

 労働者から見れば、復職や兼業は必要に迫られてのものであり、またリスク分散となります。稼ぐ必要の度合いが高くなれば長時間労働も増えるでしょう。「同一労働同一賃金」でこのような労働者の処遇向上を狙いますが、これからの企業は「違う労働」を用意するはずです。「当社の職務に専念すること」が賃金処遇のプレミアムになるのかもしれません。「同一労働同一賃金」も正社員のような処遇を求めるのではなく、これからの時代の適度な処遇を求めるにとどまるとも言えます。そこで働き生活していく労働者にとって、なかなか厳しい現実があります。

 一方で、副業や兼業でできる仕事にも制約があります。近時の外国人労働者の急増を見たとき、「本業の所得が199万円以下の階層」の仕事を侵食しているようにも思われます。求人と求職のミスマッチングは大きな課題です。処遇の向上や就業規則の改訂で動き出すとも思えません。

 多くの労働者にとって兼業や副業が必要となるのは、本業での雇用保障や処遇が十分ではないからなのでしょう。このことは、労働契約の「強さ」が影響しています。1973年の管理職要員に対する試用期間中の解約権行使に関する最高裁判決には、「企業における雇傭関係が、単なる物理的労働力の提供の関係を超えて、一種の継続的な人間関係として相互信頼を要請するところが少なくなく、わが国におけるようにいわゆる終身雇傭制が行なわれている社会では一層そうであること」という一節がありました。「終身雇傭制」が揺らぐことは、「継続的な人間関係としての相互信頼」の要請が弱くなることを意味します。

 兼業や副業のメリットを労働者が享受するとき、同時に「継続的な人間関係」という雇用保障の強さを享受できなくなっていくことに気づくべきです。または、もはや雇用保障を享受できなくなりかけているから、兼業や副業が議論されなければならない状況となっているのかもしれません。

「正社員制度」とは相いれず

 「働き方改革実行計画」を見直すと、副業・兼業は「柔軟な働き方がしやすい環境整備」の一つです。そこでは、「立ちはだかる」「壁」として「画一的な労働制度」が挙げられていました。副業・兼業はおそらく「正社員」という制度と相いれないのです。「正社員」ではない働き方をする労働者に対し、異なる事業場での労働時間の通算や割増賃金の規制をすること自体が予定されていなかったようにも見えます。自社での法定労働時間内の労働について使用者を規制から適用除外するなどの「解放」の方が、副業・兼業の「推進」には即効薬なのでしょう。

 もっとも、企業側が「正社員」を前提に副業・兼業を考える傾向があるように、企業にとって「正社員」という仕組みは高い合理性を有します。「終身雇用」が含意していた年功的な賃金カーブや硬い雇用保障は維持が困難になっても、事業の長期継続のための一定数の労働力は必要となります。そこには副業・兼業が不要となるような処遇を用意します。このような労働者層に対しては、副業・兼業が事実上は原則禁止であるような運用も許容されるのでしょう。その処遇水準をガイドライン化することは、必要もなければ適切でもありません。働き方が柔軟になるのであれば、働かせ方も柔軟になる必要があります。一律な規制は不適合です。個別の処分を権利乱用で処理すれば足りるのであり、就業規則レベルでの文面審査は過剰な規制でしょう。

 副業や兼業の議論では、どのような労働者がどのような副業等をすることが想定されているのか、その具体的イメージが現れてきません。副業や兼業が解禁されることで、現在の求人にマッチングした労働者が労働市場に登場するとは思えません。また、副業や兼業をできる「能力」を労働者が有しているかは別の問題です。法規制やモデル規程のような理屈よりも先に、そこで「働く」人と場所という現実が用意されるべきでしょう。

 今日でも、実際に副業や兼業をしようとしたとき、それを止める手段は法的には弱いものです。実際にも、兼業農家やアパート経営や株式売買や配当やブログのアフィリエイトなどで副収入がある労働者はいます。パートタイム労働者で複数の会社から収入を得ている人も既に存在します。副業・兼業の議論が次の時代の働き方にとって喫緊の問題であるかは不明です。

 おそらく、会社による労働者の、特に正社員の自由の制約がどこまで許されるかが難しい問題なのでしょう。ここで会社と正社員で考え方が分かれたとき、会社はどのような対抗手段を取れるのでしょうか。副業・兼業の実務上の課題はここにあります。1973年の最高裁判決の「一種の継続的な人間関係として相互信頼を要請するところが少なくな(い)」という一節が、今日でもやはり機能するのだろうと思います。

丸尾 拓養(まるお ひろやす)
丸尾法律事務所 弁護士
東京大学卒業。第一東京弁護士会登録

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