ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの挑戦

USJマーケターのヒット生む思考法 USJマーケティング・ディレクター 兼 個人投資家 秋山 哲

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 これまでの連載は、私たちユニバーサル・スタジオ・ジャパンが挑戦してきていることをいくつかの切り口で説明してきました。今回からは、市場に価値を創造・伝達するマーケターになるために大切な3つのことを説明していきます。これらの3つは、T (Thinking<考える力>)、L (Leadership<リーダーシップ>)、P (Passion<情熱>)です。今回は、最初の「考える力」について説明します。

消費者や顧客のために考えることが最も重要

 マーケターの役割は、消費者や顧客が商品を購入する理由をつくることであり、商品が売れやすくなる環境をつくることです。プロセスとしては、価値を提供する消費者や顧客を決め、彼らが抱えている課題を発掘し、それを商品開発に反映し、魅力的な方法で消費者や顧客に商品の価値を伝達します。同時に、商品と伝達方法によって消費者や顧客が感じる価値を最大化し、その価値と同レベルで商品の価格を設定し、商品を購入しやすい場所に販売網を構築していきます。マーケターの役割はとても広く、企業の売り上げを決定づける影響力がありますが、売り上げを最大化するためには創造・伝達するものが消費者や顧客にとって価値にならなくては意味がありません。

 これは当たり前のことですが、この当たり前のことをして売り上げを最大化するのは簡単なことではありません。なぜ簡単ではないのか。一般的に、この理由は2つあります。1つはマーケティングの重要性が認識されていないこと、もう1つは環境の変化によるものです。

 大半の国内企業には、調査、製造、営業、物流、宣伝などの機能がありますが、マーケティングとはこれらの機能を束ねる機能でもあるのです。残念ながら、統括機能としてのマーケティングの概念が浸透していない企業はとても多い状況です。こうした企業は各機能の統一性が保てないので価値を創造・伝達するのが困難になります。

 もう1つの理由は、環境の変化による難しさです。現在の日本は、生活に必要なモノはすでに世帯に浸透しています。また、近年こそやや改善傾向も見られるものの数十年に渡り経済が低迷し、世帯所得も減少してきました。この先も平均余命の伸びや人口減少などの将来不安から、積極的な消費は見込みにくい状況です。加えて、競合企業も同様に価値を創造・伝達しようと活動しています。こうした環境が、売り上げを最大化するための価値の創造・伝達を難しくしているのです。

 では、このような状況において価値を創造・伝達して売り上げを最大化するために、マーケターはどうしたらいいのでしょうか。それは、このような状況においても消費者や顧客にとって価値になることを考えて、それを実行するために各機能を担った部門の協力を取り付けることです。このために必要な最初の力が「考える力」なのです。

 私たちユニバーサル・スタジオ・ジャパンが現在提供しているシーズナル・イベント「ユニバーサル・クールジャパン」の「名探偵コナン・ザ・エスケープ」を例に、私たちは価値を創造・伝達するためにどう考えているのかを説明していきます。

考える力は、「考えるポイント」を知ることと「経験を重ねる」ことで強くなる

 消費者や顧客に価値を創造・伝達するためには「何を考えるべき」でしょうか。「考える力」を養うためには、まずはこれを知ることが大切です。考える必要のないことや価値の創造・伝達に影響の小さいことを真剣に考えても結果に結びつかないからです。

 2016年当初、私たちは、「ハロウィーン」や「クリスマス」と並ぶまでに成長した、期間限定シーズナル・イベントの「ユニバーサル・クールジャパン」をさらに成長させるためには何をすべきかを考えていました(「ユニバーサル・クールジャパン」の誕生秘話は第4回の連載を参照)。私たちは、いつも活用している「考えるべきポイント」に沿って考えました。このポイントは、Objective (目的)、Who (誰をターゲットにして)、What (何を)、How(どのようにして提供するのか)の4つです。

 「ユニバーサル・クールジャパン」は、世界に誇る日本のコンテンツを複数結集させ、世界最高のクオリティーでアトラクション化することをコンセプトにしています。よって、私たちが設定した目的は、「国内で最高のコンテンツを最高の技術でアトラクション化することによって、コンテンツのファンの来場者を最大化する」でした。この目的を達成するために、次の3つを考えました。

 まずは、誰をターゲット(Who)にするのが来場者を最大化できるかです。これを考える上で重視したのが、(1)ターゲット層のボリュームが大きいこと、(2)コンテンツに対するファンの好感度の度合いが強いこと、(3)満たされていないインサイト(消費者も気が付いていない心の奥底にある課題)が存在すること、(4)ファンのインサイトが解決可能なことの4つです。

 国内コンテンツのファンのボリュームや好感度の度合いを見極める定量調査やインサイトを発掘するための定性調査、それらの結果をどう解釈するかの考察と議論を経て、私たちがターゲット層に選んだのは「名探偵コナンのファン」でした。コナンは、2億3000冊以上のコミックを発行し、国内の映画興行収入でも度々1位を獲得し、世界の20カ国以上で人気を博しているブランドです。また、ファンの好感度もとても強く、満たされていないインサイトも存在していました。私たちが発掘したファンのインサイトは、「本当は、自分もコナンみたいな名探偵になれるくらいの能力があると信じたい!」というものでした。


 インサイトの発掘には、最も多くの時間を費やして考え抜きました。まず、コナンのファンを集めたグループ・インタビューでわかったコナンが好きな理由は、「コナンは、頭もよくて、行動力もあって、かわいいから」ということでした。インサイトは、「消費者も気づいていない心の奥底にある課題」なので、消費者から聞き出すことはできません。ただ、このインサイトの発掘こそが、まだ解決されていない課題の解決、つまり、消費者にとっての価値につながります。よって私たちは、コナンが好きな理由を明確にした後に、コナンのファンは「なぜ頭がよくて、行動力もあって、かわいいコナンが好きなのか」「コナンが好きな理由は、生活で満たされていない何かと関係があるのか」「生活において何が満たされていないのか」「何が本当の課題なのか」といったことを何度も考え、何度も議論を繰り返し、インサイトを発掘していったのです(インサイトの詳細は第1回の連載を参照)。

 次に、「本当は、自分もコナンみたいな名探偵になれるくらいの能力があると信じたい!」というインサイトを満たすためには何を(What)提供したらいいのかを考えました。このフェーズは社内のマーケターの考察と、その考察をマーケター同士で膨らませていくブレイン・ストーミングがメインでしたが、最終的に達した結論は、提供すべきは「コナンの仲間として一緒に謎を解いたときの達成感」でした。ここでの思考プロセスは、コナンの仲間になることで自分だけでは解けない難解な謎を解けること、大好きなコナンと仲間になれること、そして何より難解な謎を解くことによって、「自分にもコナンみたいな能力があると感じたときの達成感」がファンのインサイトを満たす上で重要と考えたからです。

 最後に私たちが考えたのは、「コナンの仲間として一緒に謎を解いたときの達成感」をコナンファンに提供するためには、私たちのノウハウを活用したらどうやって(How)それを実現できるのかでした。最も大切にすべきは、コナンの世界を完全再現することだと考えました。コナンの仲間として謎を解き達成感を味わうためには、コナンのファンが本当にコナンの世界に身をおける環境をつくることが何より重要と考えたのです。そして、人気キャラクターの完全再現、映画やアニメをライブ空間で再現した大迫力のスタント演出や本格的なライブ・パフォーマンスを融合し世界観をつくろうと考えました。また、達成感をより強いものにするために、コナンの仲間になることに加え、窮地から脱出する演出が必要と考えUSJオリジナルの「リアル脱出ゲーム」の形でアトラクションを提供しようと考えました。

 コナンのアトラクション開発とコミュニケーション展開はこのように考えましたが、これらの「考えるポイント」は、確立されたマーケティングの理論とテーマパーク運営を20年間してきた中から導かれているので、考える上でとても効率的になっています。また、ビジネス結果を振り返るときもこのポイントに沿って結果の要因を明らかにしていくことによって、さらに考えるべきことが見えてきます。同時に、これを繰り返すことによってマーケターに大切な考える力も培われていきます。

 「名探偵コナン・ザ・エスケープ」のビジネス結果は大成功でしたが、これは私たちの考えた戦略(Who、 What、How)が結果的に正しかったからでした。ゆえに現在も、この戦略をさらに強化することによってさらなる成長を実現しています。6月23日まで展開している「名探偵コナン・ザ・エスケープ  紺青の序幕」は、劇場版最新作の「紺青の拳」とストーリーを連携し、コナンの最大のライバル「怪盗キッド」と対決するUSJオリジナル・ストーリーの中で謎を解いたときに味わえる「究極の達成感」を提供しています。さらにコナンの世界に没入できて、さらに強い達成感(What)を提供するためにはどうしたらよいのか(How)を考えた結果として展開しているのです。

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