少子化する世界

「小さな奇跡」と評されたドイツ、裏側に外国人出生率の急上昇 日本総合研究所 創発戦略センター シニアマネジャー 村上 芽

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

東西で今も異なる働き方と子育ての基準

 こうしてみてくると、ドイツの人口に関する話題はとにかく外国人次第という印象を受けなくもないが、ここ数年は好調な経済と失業率の低下傾向も見逃せない。また、戦後の歴史を振り返ると、1949年に東西ドイツに分かれ、そして1990年に統合したことの影響も大きい。フランスが19世紀にドイツとの普仏戦争に負けて出生率の低さを問題視したことは第2章で述べたが、ドイツの場合、第二次世界大戦時ナチス政権下での人種主義的・強制的な人口政策への嫌悪と反省から、出産を奨励するような政策はタブーだったとされる*3。

*3 原俊彦[2008]「ドイツの少子化と家族政策の転換」『人口学研究』第42号、2008年5月、 41―54ページ

 戦後の歩みについては、西ドイツと東ドイツで大きく異なった。社会主義政権のもとにあった東ドイツでは、女性も生産のために労働者としてフルタイムで働くのは普通であり、かつ、労働人口をキープするために、仕事と子育ての両立も当たり前のこととされていた。そのため、保育所の整備も進んでいた。

 他方、西ドイツでは、先に触れたファシズムへの嫌悪と反省から国は家族といった私的な領域には介入せず、「社会的公正のための経済上の不平等を是正するにすぎないとする助成原則*4」を基本とした。つまり、子どものいる家庭の子育てにかかる経済的な負担を軽減するという発想にとどまっていた。

*4 魚住明代[2007]「ドイツの新しい家族政策」『海外社会保障研究』Autumn 2007 No.160

 社会福祉国家としての制度は充実させ、1953年には家庭省を設置して児童手当などを手厚くしていた。母親は主に家庭で子育てをするという考え方が根強かったのは、例えばドイツでは小学校の給食がなく昼食は家で食べるといったことや、ドイツ人主婦の家事ノウハウが日本でもよく紹介されてきたことからも想像できよう。

 1990年の東西ドイツの統合後、基本的には旧西ドイツの政策や制度が引き継がれた。1990年代の主な政策としては、育児手当や児童扶養控除の引き上げ、育児休業期間や育児手当の支給期間の延長がなされた。育休の期間でいえば、1992年に1.5年から3年に延長されており、ここはフランスと変わらない。しかし、これらは家庭での子育てを奨励する施策であり、母親の長期離職につながり、仕事と子育ての両立にはならなかった。他方、旧東ドイツでも、社会の急激な変化による混乱や高い失業率により、出生率が急減した(1990年の1.52から1994年の0.77まで)。

 仕事と子育ての両立支援については、2000年代から考え方を大きく変えてくるのだが、働き方に対する東西の感覚の違いは統合後の現在も根強く残っている。2012年時点でフルタイムで働く母親の割合は、旧東ドイツ地域で55.7%、旧西ドイツ地域で25.2%と、倍も違う*5。

*5 独立行政法人労働政策研究・研修機構[2018a]

 また、もう1点よく指摘されるのが、婚外子の割合である。2015年時点において、婚外子の割合は旧西ドイツ地域で29.5%、旧東ドイツ地域で60.7%、ドイツ全体で35.0%だった*6。フランス*7は59.1%、ノルウェーは55 ・9%だったのと比較しても、旧東ドイツ地域が高くなっており、欧州のなかではアイスランドの69.6%に次ぐ高さだった。

*6 ドイツ連邦統計局 2016年12月19日発表資料。

*7 フランス、ノルウェー、アイスランドについてはOECDファミリーデータベース“SF2.4 Share of births outside of marriage”. 出所:http://www.oecd.org/els/family/database.htm

 これは、東ドイツでは出産奨励を意図して、1950年から婚外子の処遇に差をつけない制度ができていたのに対し、西ドイツにはなく、統合後の1997年にやっと婚外子の処遇に関する法改正がなされたためだと考えられる。

「人生のラッシュアワー」にふりまわされるドイツ人

 外国人の母親が注目されがちなドイツの出生率だが、ドイツ人が母親の出生数も増えてはおり、過去10年間の出生率でみても1.28から1.46にじわじわと上昇している。この背景として、ドイツ連邦統計局では、家族政策の効果と好調な経済が影響しているとする。

 しかし、上昇しているといっても、ドイツ人の出生率は長らく1.5未満なのである。一定して出生率の低いドイツ社会の特徴として、「人生のラッシュアワー」という表現がよく使われている。「ラッシュアワー」とは、25歳から45歳までの間に、大学(院)卒業・就職・キャリア形成・結婚・子育てなどのライフイベントが集中し、人生において最もあわただしい時期であることを指している。ドイツに固有の現象というわけではなく、オーストリアやベルギーの研究者も使っている用語ではあるが、政府の報告書(2012年版の「家族報告書」)での扱いも含めてドイツでその問題意識が高いように思われる。

 インターネットで調べても、ウィキペディアではドイツ語サイトが一発で出てくるし、同名の書籍もドイツ語と英語で、ベルリンの出版社から出版されている。ドイツでも、北欧諸国における女性の仕事と子育ての両立は模範的と評価されているが、そのなかで、「ドイツでは経済を理由にして意思決定をしすぎているのではないか」という課題提起もなされている。

 ラッシュアワーという表現からは、何か本当に「詰め込まれた」感じがして、なるべくそこから抜けたい・避けたいという意識が働く。お国柄と言ってしまうのは早計かもしれないが、ドイツが低い出生率に直面したのも分からなくはない気がする。

(つづく)

村上 芽 著 『少子化する世界(日経プレミアシリーズ)』(日本経済新聞出版社、2019年)、「第3章 ドイツ――超低出生率から抜け出すのか」から
村上 芽(むらかみ・めぐむ)
京都大学法学部卒業後、日本興業銀行(現・みずほ銀行)を経て2003年より株式会社日本総合研究所。現在、創発戦略センターシニアマネジャー。専門分野は気候変動と金融、SDGs、子どもの参加論。共著に『ビジネスパーソンのためのSDGの教科書』『投資家と企業のためのESG読本』(ともに日経BP社)、『進化する金融機関の環境リスク戦略』(金融財政事情研究会)、『地球温暖化で伸びるビジネス』(東洋経済新報社)などがある。

キーワード:経営層、管理職、プレーヤー、経営、営業、国際情勢

閲覧履歴

    クリッピングした記事

    会員登録後、気になる記事をクリッピングできます。