新「企業と社員」関係論―人生100年時代に

住金副社長からロシア料理店経営へ 生涯現役モデルに 立命館大学教授 西山昭彦

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退任後、レストラン経営に

 実は加藤さんのお父さんは京都にキエフ(東山区繩手通四条上ル廿一軒町236 鴨東ビル6F)というロシア料理の店を経営していた。京都の中心といえる祇園四条駅を降り、鴨川を渡ると、左手に2つ高いビルが見える。一つは角のレストラン菊水で、筆者の属する如水会の定例会の会場になっている。もうひとつが6階、屋上(夏季ビアガーデン)に店を構えるキエフの入っているビルである。

 お父さんは1992年にお亡くなりになり、その後を加藤さんの奥様の智恵子さんが継いでいた。加藤さんは当時住金で要職にあり、とてもそちらをやる余裕がなかった。加藤さんが奥様に代わりにやってほしいとお願いしたのか聞いたところ、「まったく、それはありません。妻の自発的な意思です」と即答された。

 奥様は奈良女子大学食物学科を出られていて、食文化に関心があり、時期的にもお子さんの教育も終わり、環境的な条件もよかったかもしれないという。しかし、筆者には、長年の夫婦間の以心伝心というか、1972年設立、初期投資1億円、席数80席の大型店を自分たちの手で守り次代へ引き継ぐという奥様の決意と責任感こそが最大の理由と思われる。今は娘さんの美知世さんも経営に参画している。

 奥様の12年間に築かれた基盤の上に、加藤さんは退任後社長として共同して経営にあたる。キエフには「キエフ倶楽部」という会員制度があり、600人が登録している。年会費1万円だが、会員になると1.1万円の飲食券をくれるので、実質無料というか1,000円余分にもらえるありがたい制度だ。またセミナーやライブが多数行われており、加藤さん、奥様、美知世さんが企画している。年に2回は、実妹の加藤登紀子さんのライブも行われている。

 「飲食業はそれは大変ですよ。住金よりもずっとね」と笑いながら言うが、実に楽しそうだ。経営はまずまず順調に推移し、大きな黒字にはならないが、経営危機や大きな赤字はなかったという。

サラリーマン時代のスキルは生きたのか

 サラリーマン時代に培ったスキルは、飲食業で生きたのかを考えてみる。加藤さんの強みは、温和な会話力、コミュニケーション力で人を温かく包んでくれるところだ。これは社員を統括する上でも、お客さんと接するうえでも、最大の武器になる。持って生まれたものもあるが、筆者は長年の住金での営業で磨かれた面も多いと思う。店にはその日もロシア人が来ていたが、外国人の来訪者も多い。加藤さんは米国駐在8年で多様な人々に会ってきたので、何のためらいもなく話しかけられる。これも大きな強みだ。

 経営管理力も、住金時代に身に着けたものとみられる。実際に、加藤さんが引き継いでから、株主の整理(他の出資者からの株式買い付け)で100%自社保有にした。また銀行ローンも完済し、無借金経営にした。これにより、同社の経営基盤はゆるぎないものになった。

100年時代のモデル

 「15年間この店をやってきて、本当によかったと思います。店があるということは、目が離せないわけで、自分が活性化します。店をやっているから、いろいろな人と出会い、楽しみが増え、視野が広がりました。今、81歳ですが、90歳までは経営を続けたいと思います。その後は、できれば専務の娘に引き継ぎます」

 大企業副社長からレストラン経営者として成功した生涯現役の実践者加藤さんは、人生100年時代の私たちのめざすべき真のモデルの一人である。

西山 昭彦(にしやま・あきひこ) 立命館大学教授
一橋大学社会学部卒業後、東京ガス入社。ロンドン大学大学院留学、ハーバード大学大学院修士課程修了。中東経済研究所研究員。アーバンクラブ設立、取締役。法政大学大学院博士後期課程修了、経営学博士。東京女学館大学国際教養学部教授、一橋大学特任教授などを経て18年から立命館大学共通教育推進機構教授。人材育成、企業経営、キャリアデザインを中心に研究し、実践的人材開発の理論を構築。研修・講演は通算1000回を超える。「ビジネスリーダーの生涯キャリア研究」がライフテーマ。著書は計61冊

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