BizGateリポート/人材

通年・ジョブ型…脱日本型採用に潜む企業のご都合主義 雇用ジャーナリスト 海老原 嗣生

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

都合のいい「脱日本型」発言が招く悲しい結末

 さて、日本企業の強い人事権はほかにも多々、経営利便性を有する。たとえば東北復興で仙台支店に人を集めたい、というときも難渋なくそれができる。新規事業を立ち上げたときも自由にそこに人を配置できる。一方、欧米だと、ポスト契約だから容易に異動ができず、社内公募やM&Aをしなければならない。

 ただ日本企業もいいことずくめではない。欧米の場合、ポストで限定雇用なだけに、そのポストがなくなれば、解雇はしやすい(整理解雇)。また、そのポストの仕事ができなければやはり解雇がしやすい(能力解雇。ただし入社後1年程度に限られる国が多いが)。こうした企業経営の自由さがある。一方、日本は、ポストで採用したわけではないのだから、そのポストがなくなっても解雇はできない。同様にそのポストの仕事ができなくても、異動により適合する仕事が見つけられるはずだから、解雇ができない。

 つまり、日本型雇用は人事権が強い分、解雇権が制約されてしまうという、トレードオフな関係になっている。

 ここで、中西会長がいう「日本企業も終身雇用から脱却」や「ジョブ型へ」という部分の危うさについて考えることにしよう。

 終身雇用から脱却する(極論すればいつでも解雇可能)というのなら、その分、企業は人事権を失う。本当にそれができるのか?

 中西会長のいうジョブ型とは単に、「職務ベースで中途採用する」ことではないか。この場合でも人事権は残し、中途入社後は自由に異動させるだろうから、決して本物のジョブ型とはいえない(それ以前に、そんな簡単に中途でピッタリな人は見つからないことが問題となるが)。つまり、ジョブ契約なのに、その他のジョブへ自由に異動させるということになりかねない。

 結局、こうしたことは企業側にとって都合のいい部分だけの「脱日本型」といえる。

脱日本型=多様化に必要なのは「人事権の弱体化」

 本当に脱日本型を期し、欧米型に人事制度を寄せていくのならば、ジョブ型を完全に理解し、「ジョブ型とはポスト別採用であり、そこから動かせない(=人事権の弱体化)」ということに気づくべきだ。各企業にこれが浸透すれば、不況や業績悪化でポストが減った企業は減員という形で市場に人材を放出する。市場には中途退職した求職者があふれる。同時に能力アップしているのにポストが埋まっているので昇進できない人たちがやはり転職市場に出ていく(cf:日本の場合は、同一ポストでも職能等級アップという形で現社に留まる)。こうして労働市場に人があふれれば、「中途採用しやすい」社会になり、企業内では、ポスト固定のため、空席のヨコ埋め・タテ埋めができなくなる。「中途でも採れる」「空席を末端に寄せられない」状態になることで、新卒重視から中途へと多様な採用へ移行する企業が増える。

 その原動力となるのは、「多様化推進」という進軍ラッパではなく、企業に人事権を捨て、ポスト型契約を迫ることだ。

 今回の提言はその起点となる「人事権の弱体化」には触れていない。それは都合の良い部分だけの「脱日本型」なのだ。

 こんな形で見てくると、今回の多様化という方針も結末は見えている。

・企業は人事権を捨てたくない。

・ポスト別の中途採用では、ピンスペックにかなう人材を思うほど採れない。

・結果、欠員補充は社内異動と新卒採用が主にならざるをえない。

・ただ、新卒採用はルールを失う。ゆえに超早期化して産学ともに困る。

 今回の方針は、危機感を背景にした採用の多様化ということには意義があるものの、肝心の本丸に切り込む覚悟が見られない。こうした方針変更が単なる新卒採用の完全自由化に帰結すれば、かつてと同様に新方針は「学業破壊と企業の消耗戦をあおっただけ」といわれかねないだろう。

海老原 嗣生(えびはら・つぐお)
1964年、東京生まれ。中央大学大学院MBAコース客員教授。大手メーカーを経て、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。新規事業の企画・推進、人事制度設計等に携わる。 その後、リクルートワークス研究所にて雑誌Works編集長。2008年にHRコンサルティング会社ニッチモを立ち上げる。雇用・キャリア・人事関連の書籍を30冊以上上梓し、「雇用のカリスマ」と呼ばれている。近著は『「AIで仕事がなくなる論」のウソ』(イースト・プレス)。

キーワード:経営・企画、人事・経理、経営層、管理職、プレーヤー

閲覧履歴

    クリッピングした記事

    会員登録後、気になる記事をクリッピングできます。