現場発で考える新しい働き方

許容されていると誤信したセクハラで懲戒されるか 弁護士 丸尾拓養

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セクハラに関し措置を講じるのは雇用環境のためである

 「意思に反する」か否かを考慮に入れるというのは、「被害者」との関係を重視する考え方でしょう。しかし、均等法は、女性が男性と均等に働ける機会としての雇用環境を求めていたはずです。そこでは、「被害者」となった個別の女性労働者を救済することに加えて、女性一般が男性と同じように働ける環境の維持・回復・予防が企図されていました。事業主が事後的に措置を講じるのも、同種セクハラの再発を防止することに意義があったとも言えます。これが女性だけでなく、男性にも、さらに性的傾向又は性自認にも拡大したことで、女性保護というよりも性差などと雇用環境の在り方を問うものに変容しています。もっとも、性差などを理由としたハラスメントを対象とする現実論と、それ以上に性差に関わりない、かつ性差に応じた多様な働き方を求めるという一種の理想論を語るのでは、温度差があるでしょう。

 平成28年の最高裁判決は判決文中で「執務環境」という表現を用いています。懲戒事案ですから「企業秩序や職場規律」という表現も用います。同30年の最高裁判決は地方公務員の事案なので、「公務一般に対する住民の信頼」という表現を繰り返し用います。これに類した表現は公務員の政治活動の自由に関する最高裁判例に見られるものであり、地方公務員の事案であることに着目していることがうかがえます。民間の私企業の事案であれば、職場の従業員全体の雇用環境が保護法益になるのでしょう。雇用環境を阻害するものを排斥します。より良い雇用環境を求めるには限界があります。「問題となる雇用環境」と「問題とならない雇用環境」の間にはグレーゾーンがあります。

 だからこそ「問題となる雇用環境」に該当するセクハラには厳罰を処していくことになります。平成28年判決の事案は、最高裁が「その職責や立場に照らしても著しく不適切なもの」、「極めて不適切なものであって,その執務環境を著しく害するもの」、「反復継続的に行った上記のような極めて不適切なセクハラ行為等が上告人の企業秩序や職場規律に及ぼした有害な影響は看過し難い」などと評するものでした。この事案は水族館運営施設での事件ですが、事件当時は市が筆頭株主であったいわゆる第3セクターでの事件でした。同30年判決の事案は市職員の事件であり、いずれも身分保障が強いことがうかがわれ、その中での長期間の出勤停止または停職でした。このような事情がない私企業では、懲戒解雇を含めた厳正な処分が許容されるし、また求められることになります。

 これまではハラスメントを「加害者」と「被害者」の関係で見る傾向がありました。しかしながら、ハラスメントが雇用環境に与える影響という視点で見ると、「加害者」の加害の意思や意図や、または誤信や、「被害者」の同意の有無は重要性を失い、職場で働く一般従業員がどう受け止めるか、会社組織として許容できるかが重要性を増してきます。そして、雇用環境を守らなければならない、または毀損した雇用環境を修復しなければならない場面とは、問題言動を行う労働者への対応でもあることに気づきます。セクハラや「職場のパワーハラスメント」などの定義や概念整理に関わることなく、端的に、問題言動として取り扱えばいいだけです。

 平成30年の最高裁判決には「セクハラ」という表現は一度も使われていません。「セクハラ」や「パワハラ」はそのような言葉を広めたい、そのような構図でものを見たい人にとっては便利なものでしょう。しかし、事実や実態を見えにくくする弊害もあります。「同意があるから『セクハラ』ではない」、「同意があると思ったから『セクハラ』ではない」という主張は、冷静に見れば、滑稽なものでしかないでしょう。

 「ハラスメント」はそろそろ整理されるべき時期に来ています。「セクハラ」は「ハラスメント」だからいけないというよりも、性差別的な言辞が職場で行われることや、性的な言辞が職場で行われることが問題なのでしょう。性的なものは職場に持ち込まれるべきではないのです。しかし、「パワー」という上司の権限は職場に持ち込まれるべきものです。「パワハラ」として職場で禁圧されるべきものは何なのか、その事実と実態を見直すべきです。雇用環境という視点で見たとき、嫌がる・嫌がられるという意味での「ハラスメント」は結果でしかなく、禁止されるべき言動自体の定義には役立ちません。そのうちに「(ひどい)嫌がらせ、いじめ又は暴行のガイドライン」でもできるのでしょうか。「嫌がらせやいじめ」の意図を一律には要件としないとしても、この意図を有する言動を禁圧していくほうが、実効的かつ有益なのかもしれません。そろそろ「言葉遊び」は終了にして、現場に即した議論を行うべき段階です。

丸尾 拓養(まるお ひろやす)
丸尾法律事務所 弁護士
東京大学卒業。第一東京弁護士会登録

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