「令和」の時代を考える

「令和の新札」肖像を右側に描くワケ 「紙幣肖像の近現代史」から(下)

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最多登場は「聖徳太子」の7回

 紙幣に肖像が採用されるのは、第1に偽造防止のためだ。植村氏は「もし本物と比べてわずかでも違っていれば、人間は容易に相違点が判別できる」と説く。確かに、絵画の世界でも1本の画線を書き誤れば肖像画の表情は別人のようになってしまう。

 第2はデザイン上の理由だ。紙幣に肖像が入らないと美的感覚からポイントとなる対象物がなくなる。ユーロ券は当初、特定の国の人物を描くのは好ましくないとして、建築物や橋梁を図柄に採用していた。「しかし2013年から始まった新ユーロ券では、透かしやホログラム箔に小さいながらギリシャ神話のエウロパ女神を採用している」と植村氏。

 第3としては、人々に親近感を持たせるためだという。各国とも、君主やその国の偉人らの肖像を使用するケースが多い。一部の発展途上国では政治的に現政権の正統性を誇示するために、軍装や民族衣装を着た大統領らを描くことも少なくない。

 現在、世界で最も肖像画が採用されている君主は英国のエリザベス2世女王だろう。女王を描いた紙幣は自国のほかにカリブ通貨同盟やベリーズ、ジブラルタルなどの国・地域圏で流通している。植村氏は「現君主の場合は、いつまでもお若いと違和感が出るため、約20年経過すると年齢にスライドさせて肖像を更新する。ただ一定の年齢に達した後は、代えないようだ」としている。

 偶像崇拝を厳しく禁じるイスラム諸国では、原則として肖像は使用されないが、最近ではイスラム圏でも権力者の権威を示すために採用するケースも出てきている。

 これまでに日本で最も紙幣に登場したのは聖徳太子の7回。初登場は1930年(昭和5年)の100円札で、特に1958年(昭和33年)から63年までは千円、5千円、1万円とすべて聖徳太子だった。戦後の聖徳太子は、まさに紙幣の代名詞的な存在といえる。植村氏は「これまで4人の彫刻官が手掛けており、表情の理知的な面や精悍(せいかん)さの表現が微妙に異なる」としている。

 

続いて菅原道真、和気清麻呂が6回、武内宿禰(たけのうちのすくね)が5回だ。最強の肖像候補だった明治天皇は、結局1回も登場していない。「明治天皇ご自身が写真撮影を嫌い、辞退されたというエピソードが残っている」と植村氏。

 1887年(明治20年)に第1次伊藤博文内閣は、紙幣の肖像候補として日本武尊(やまとたけるのみこと)、武内宿禰(たけのうちのすくね)、聖徳太子、藤原鎌足、和気清麻呂、坂上田村麻呂、菅原道真の7人を選定した。当時の世相を反映してか、いずれも天皇のために活躍した古代日本の人物だ。

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