「令和」の時代を考える

「岩倉具視」も反転 知られざる紙幣史 「紙幣肖像の近現代史」から(中)

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 2024年度に発行を予定する新5千円札の津田梅子の肖像画に関し、「津田塾大学の写真を反転して使っているのではないか」との声が上がっている。同大所蔵の写真とよく似ていて顔の向きが逆のためだが、政府は問題ないという立場。実際これまでのお札でも、モデルの写真を修正して彫刻したケースは少なくない。

 「令和の新札」への関心は、肖像画の津田や渋沢栄一らに集まりがちだが、専門家の見方はちょっと違う。国民の使い勝手を良くする改革を地道に進めているという。具体的には(1)肖像画の拡大(2)国際性の強化(3)視力障害者らの利便性向上――などで、本格的なキャッシュレス時代が到来しても、紙幣に一定の役割が残ると予想しているためだ。大蔵省(現財務省)印刷局で、約40年間紙幣の製造行政に携わってきた紙幣史研究家の植村峻氏に聞いた。

■新渡戸稲造、夏目漱石も写真から修正

 植村峻氏は「紙幣肖像の目的は、モデルの持つ内面まで表現して生命力のある肖像を作成しようというもので、決して写真の正確な模倣ではない」と言いきる。実際、1951年に発行した500円札では明治の元勲・岩倉具視の肖像を左右反転して用いた。原型は1889年(明治22年)に外国人彫刻師のキヨソーネが完成させた大型の彫刻作品だ。オリジナルでは顔は右方向を向いており、大礼服を着用して胸に勲章を付けていた。お札では姿勢を左向きに代え、蝶ネクタイの洋服姿にして印刷した。

 1984年(昭和59年)の5千円札に登場した「新渡戸稲造」の元になった写真は、55歳当時の娘の結婚式のときのものだ。新渡戸には顔を右に傾ける癖があり、お札では真っすぐに補正してデザインしたという。

 千円札の文豪・夏目漱石の肖像画にもベテラン彫刻官の手練のワザが反映されているという。肖像の元になった写真は漱石が45歳のときの撮影で、明治天皇の喪に服す気持ちで喪章・黒ネクタイ姿だったという。当時は胃潰瘍に苦しんでおり、植村氏は「写真の表情はやや元気がなく、やつれた感じだった」と指摘する。

 繊細な画線を得意とする彫刻官が、できるだけ元気な表情になるよう配慮したという。「できあがった肖像は、ご遺族である漱石の長男・夏目純一さんにも見ていただいた」と植村氏。

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