新「企業と社員」関係論―人生100年時代に

生涯でスーツ100億円売る男の働き方とは 立命館大学教授 西山昭彦

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 人生100年時代は1社を定年になっても他社でまた活躍することが望まれている。でも、もし1社に定年後もそのまま居てほしいといわれれば、それもハッピーなことである。それを実現しているビジネスマンがいる。紳士服大手のAOKIの伝説のトップセールス、年間8000着のスーツを売り40年間連続売り上げ1位、同社常務執行役員・AOKI横浜港北総本店総店長の町田豊隆さん(69)である。町田さんの成功の秘訣は何か―それは他の商品の営業パーソンにヒントになる。なぜ働き続けられるのか―それはビジネスパーソン全員の生涯現役のヒントになる。そう思い、AOKI横浜港北総本店(横浜市)に急いだ。

目標100億が射程内に

 「生涯売り上げ100億円をめざして、今92億円まで来ました」

 大型機器を売っているわけではない。売っているのは1万円台からあるスーツやその他のファッション商品だ。それらを毎日、毎月、毎年積み上げて実現してきた。ギネスに申請すれば、世界一と認定されるレベルである。

 横浜港北総本店は売り場の広さはあるものの、郊外である。新宿や銀座の店のほうが圧倒的に地の利がいい。それでも、全国約700店の中でトップを守り続けている。年2億円売っているので、あと4年で100億円が達成される可能性がある。

1回でファンになる

 実は筆者も、20数年前、たまたま訪れたAOKIの店舗で町田さんに出会った。アドバイスを受けながらスーツを選んだ。その日、帰るときとても気持ちがよかった。薦める商品に真に満足していたからだと思う。2回目以降は、顔も覚え、こちらから相談するようになった。

 「実は、2回目につながるかどうかが、勝負なんです。どこまで信頼関係が一度目で築けているかの試金石になります」。

 筆者の場合、1回目に信頼というよりプロとしての技術の評価と会話の楽しさがあり、ファンになっていたといえる。

 「質問しながら、その方の生活のイメージをつかみ、シーンに合ったファッションを勧めます。話しているうちに、この方ならこれが合うと仮説が浮かび、その商品のよさを説明しながら紹介していくと、ほとんど好みと一致します」

 筆者もだんだんと電話で時間とアイテム(今日はコートなど)を予約し、訪問するようになった。ある日、会計の時、端末を見た町田さんが言った。「とうとう、合計が100万円超えましたね」。まさに、はまったのである。

新店の立ち上げに手腕

 AOKIは創業者で現在代表取締役会長の青木拡憲氏と弟の代表取締役副会長青木宝久氏が「ビジネスマンが日替わりでスーツを着られる世の中にしたい」という思いから長野県から事業をスタートさせた。同社の強みはバーティカルマーチャンダイジングといい、自社でスーツ類の製造販売を一貫体制で行う。それにより、高品質と低価格を実現した。日本の衣料業界の革命児である。

 実は、このモデルを支えるには、大量販売による低コスト化が欠かせない。それを実現するのが全国への多店舗展開である。知らない土地で当時知名度もない郊外型紳士服店ができても、消費者の反応は鈍かったはずだ。その中で、町田さんは次々に工夫を凝らして新店を成功させ、全国のモデル例を社内に示した。バーティカルマーチャンダイジングと大量販売、この車の両輪が相まって、会社の成長と東証1部上場が実現した。

 同社グループは「社会性の追求」「公益性の追求」「公共性の追求」の3つの経営理念を掲げており、常にお客様の要望や時代のニーズに応えることで社会への貢献を果たしてきた。その結果として、現在ではブライダル(アニヴェルセル)、エンターテイメント(快活CLUB、コート・ダジュール)へと事業を拡大している。人の生きるシーンにおいてお客様の人生を喜びに満ちあふれたものにしたいと追求してきた同社理念の結果である。

町田モデルはほかでも通用するのか

 町田さんはスーツの世界では売り上げ世界一の営業マンであろう。この営業力は他の業界でも通用するのだろうか。そんな疑問がふと頭をよぎり、ずばり聞いてみた。

 「自信あります。機会があれば、やってみたかったですね。お客様との接客で信頼関係を作ることはすべて同じだと思います。現在3000人の自分の顧客名簿がありますが、それぞれの家庭の話を聞いたり、孫をつれて買いに来てくれたり、まるで親戚のような関係ができている人がたくさんいます」

 他方、自分マネジメントの厳しさも垣間見えた。一日中立っている仕事なので、体力、気力も問われるからだ。

「これまで40数年間、一日も病気で休んだことはないです。二日酔いや風邪もないです。常に毎日が勝負、いったん決めたことはやりぬくという気持ちでやっています」。「プロって、常にベストコンディションを維持する義務がありますよね。野球の衣笠、イチローしかりです」

 毎朝、正座を10分行い、昨日の反省と今日のプランを立てる。

「2回会ったお客様は全員覚えています。年齢で物忘れが増えるといいますが、自分では衰えは感じたことがないですね。町田家の先祖からのDNAが違うのかなあ(笑)」

 仮の話だが、今町田さんが会社を辞めたとする。同業種の営業なら次の日からすぐトップセールスになるだろう。他業種でも、店舗型の接客スタイルなら、早期にトップになると思われる。自身の営業スキルの市場価値が高いことも、現役続行の一因と考えられる。

営業パーソンの素質

 毎年新人が入ってくる。町田さんはできる営業パーソンの素質をこう話す。

「動きが違うんです。表情もいいし、声が生き生きしている」

「目標を自分のものにしている」

「初めからファッションが好きというのは必須ではないですが、あったほうがいいですね」、「成功は素質5対成長5くらいかもしれません」

 筆者の式で、人材のアウトプット=スキル×モチベーション×マッチングというのがある。先日ある大学で「先生の講演でこの式を聞いて、それで博士論文を書いて合格しました。おかげで現在は大学教員になれました」と挨拶をされた。そういう話が知らないところで生まれていると聞くことくらいうれしいことはない。

 さて、町田さんの指摘を当てはめると、「接客のスキルとしての動き」×「目標の自分化」×「この仕事と合う適性が備わった時」に力を発揮するとなる。いずれも抜きんでているのが町田さんで、それゆえ40年間1位となっている。そして、その姿を近くで見て、現在他店の店長として活躍している町田チルドレンが数十人いる。成功モデルに学んだ後輩の中に確実にノウハウは伝授されている。やはり達人に学ぶ効果は絶大だ。

世の中のシニアへ

 「自分の体力や体調を把握して、年相応、無理しないでいいので、世の中のために役立つことを続けていくことじゃないでしょうか」。

 生涯現役ビジネスマン町田さんは69歳の今年も、70歳を超えた来年もおそらく職場で毎日8時間立ちながら年8000着のスーツを売っているだろう。100億円達成が今から楽しみである。顧客名簿の3000人に100億達成の知らせを出したら、たくさんのファンがお祝いに駆けつけのではないだろうか。そして、いつも以上に買っていく。間違いなく、私はその一人である。

西山 昭彦(にしやま・あきひこ) 立命館大学教授
一橋大学社会学部卒業後、東京ガス入社。ロンドン大学大学院留学、ハーバード大学大学院修士課程修了。中東経済研究所研究員。アーバンクラブ設立、取締役。法政大学大学院博士後期課程修了、経営学博士。東京女学館大学国際教養学部教授、一橋大学特任教授などを経て18年から立命館大学共通教育推進機構教授。人材育成、企業経営、キャリアデザインを中心に研究し、実践的人材開発の理論を構築。研修・講演は通算1000回を超える。「ビジネスリーダーの生涯キャリア研究」がライフテーマ。著書は計61冊。

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