ビジネス教養としてのグルメ

「シャンパン」救った不正競争防止法 「シャンパン大全」から(6)

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裁判を起こす1日前に販売を止させる

 さらにシャンパンの名称問題で裁判を起こせば、長期化が予想される。「結局シャンパンのイメージが大きく傷つき、ワイン業界全体にマイナスになると考えた」と山本氏。山本氏は裁判を避け、輸入販社に1社ずつ「カリフォルニア・シャンパン」と「カリフォルニア・シャブリ」の販売中止を説いたという。約10年間かけて輸入・販売業者を説いて回ったという。

 山本氏は「原産地の呼称を守ることが、最後にはブランドを守りシャンパン市場の育成につながることを説得した」という。無論、大義名分だけでは、なかなか世の中を動かすことはできない。不正競争防止法で訴訟した場合の見通しや各業者のデメリットについても細かく説明した。

 中には広屋(現・国分首都圏)のように、社長との直談判で直ちにカリフォルニア・シャンパンの扱いを中止したケースもあった。しかし「大半の業者は、すでにかなりの宣伝費をかけているので困るというスタンスだった」と山本氏。

 外務省にも陳情にでかけた。しかし当時は日米貿易摩擦の問題が、重大な政治的焦点としてピークに達していた時期だ。山本氏は「霞が関ではワインのような、ちっぽけなことで我々の苦労を増やさないでくれ、とけんもほろろの扱いを受けた」としている。日本ソムリエ協会にも協力を頼んだ。「会員に販売をやめるように協会として勧告はできないが、私の声明は協会誌で取り上げくれた」と山本氏。

 

この問題で山本氏の追い風になったのは94年に決着した「ウルグアイ・ラウンド」だ。この多角的貿易交渉では、貿易面における知的財産権の保護が進んだことが特徴のひとつ。米国も国内では長く続いた慣行は続けるものの、フランス政府との交渉で、海外市場でシャンパンやシャブリ表記を取りやめることに方針転換した。山本氏は「1994年にブリュッセルのEC(当時)本部まで出向いて調査した」という。この米国の方針転換を材料に、1社を残して販売をやめさせることができたという。

 しかし最後の1社が難物だった。カリフォルニアでワインのトップ生産量を誇る米ガロ社だからだ。東京の輸入代理店が手を引くや、ガロ社は新たに日本子会社を設立。カリフォルニア・シャンパンの販売を続行する姿勢をみせた。

 「忍耐の限界だった」と山本氏。1998年春に、ガロ・ジャパン社に訴えを起こす旨の通告を送付した。しかし急転直下、裁判所に訴状を提出する1日前に、同社の顧問弁護士から販売中止の連絡を受けたという。山本氏は後日、この件を解決した功績としてフランス政府から農業功労賞を授与された。

 「先進諸国でワイン法がない国はないと言っていい」と山本氏。ただ。遅れに遅れていた日本も、昨年10月30日から事実上の「ワイン法」がスタートしている。「日本ワイン」を日本国内で収穫されたブドウを使用し、日本国内で醸造されたワインと定めた。山本氏は「日本の品質が飛躍的に高まっている。10年後にはシャンパンと肩を並べる日本のスパークリングワインが登場し、世界に認められるだろう」としている。

(松本治人)

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