「令和」の時代を考える

嘉徳、文長…新元号は未採用案から? 「元号」「日本年号史大事典」から(8)

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 次の元号は何になるのか、にわかに新元号の予想ブームが起きている。海外留学中の若者らの関心も強いようだ。漢字2字を使った難問中の難問。4月1日の発表を間近に控えて、よけいに人々は興味をかき立てられるのだろう。これまでの元号は、それ以前に見送られたものが意外に多い。こうした未採用候補からの登用は、しばしば行われてきた。「元号」(文春新書)、「日本年号史大事典」(雄山閣)などの著者である所功・モラロジー研究所教授に聞いた。

 「明治」が天皇のくじ引きで決まったことはよく知られている。明治ファン(?)はホッとしただろう。それまでに10回落選していて、やっと日の目を見たからだ。新元号を論議する「難陳」にかけられたら、歴代長期2位の元号は、別の名称になっていたかもしれない。

 ただ何度も候補に挙がるのは有力な証拠、という見方もできる。所教授も「元号の文字の持つ意味が、その時代にふさわしいと考えられるから、何度も提案されてくる」と話す。「明治」が最初の候補になったのは室町時代の「正長」改元(1428年)の時で、正式採用まで480年かかったことになる。

 江戸時代末期に何度もノミネートされていたので、明治が有力案のひとつであることは、朝廷の公卿らに認識されていただろう。現在の「平成」も、幕末の「慶応」(1865年)の際に検討されていた。2度目で早くも昇格した。

 源頼朝が鎌倉幕府を開いた建久3年(1192年)から、今日まで約930年間に元号は140あり、初出の候補がそのまま起用されたケースは38回あった。江戸時代からの約400年間では元号39に対し8回で、最も新しい初出採用の元号は「昭和」(1926年)。ひとつ前は「元治」(1864年)まで遡る。逆に言えば、近世から現代までで、未採用候補からの登用は約8割だ。

 中国の古典を基にして考案するから、1300年以上も経過すれば、どうしてもアイデアが似通ってくるということはあるかもしれない。これまでの年号は、約80種類の漢籍から出典されている。一番多かったのは書経からの35回(未採用案には85回)という。248番目の今回は日本の古典からの候補もありそうだが、所教授は「聖徳太子の十七条憲法などをみても、元号にふさわしい語句の出典は、漢籍に由来するケースが多い」と指摘する。

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