ビジネス教養としてのグルメ

「泡の最高峰」を生み出す一族経営 「シャンパン大全」から(5)

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

生産量は大手の10分の1、名声はナンバーワン

 1970年代に自社畑を購入するために、コニャックのレミ―・マルタン社の財政支援を受けたが、事業の経営はクリュッグ家のフリーハンドに任されている。山本氏は「経営の効率化を考えずに、19世紀以前と同じスローペースのシャンパン造りを守っている」と話す。

 クリュッグの年間生産数は約50万本で、大手メーカーの10分の1だ。しかし国際的な名声と熱狂的なファンの存在が、一見非効率的な製造方法を支えている。山本氏はクリュッグの味を「職人芸を備えた知的美」と表現する。華麗、芳醇(ほうじゅん)、洗練……というわけだ。

 クリュッグのライバル的存在が「ボランジェ」だ。やはり一族経営で木の樽を使ったシャンパン造りを続けている。アメリカ独立戦争を支援して戦ったフランスのヴィラモン将軍が、引退後に始めたのがシャンパン造り。片腕として手伝ったのがドイツ人で女婿のジャック・ボランジェだった。本人の名前でシャンパンを売り出したのは1829年で、子息と孫が事業を拡大したが、3代目は第2次世界大戦でドイツ軍の占領中だった1941年に急死。経営の危機を迎えた。

 占領時代のドイツ軍は、毎週40万本のシャンパン拠出など法外な要求を突き続けた。連合軍の反攻を受けて撤退する際には、ヒムラー内相が貯蔵シャンパンの爆破まで命じたという。ドイツの発泡酒「ゼクト」のライバルを潰す目的だ。山本氏は「米パットン将軍による、暴発的な進撃が間に合わなければ、フランスのシャンパン産業は壊滅していただろう」と語る。

 ボランジェの経営に当たったエリザベス未亡人はドイツの要求をかわし続けて苦難の時期を乗り切った。さらに率先して自転車でブドウ畑を見回るなど現場主義を貫き、今日まで続く完璧主義のシャンパン製造方法を確立したという。

 ボランジェはワインの第1次発酵を樫(カシ)の小樽しか使わないのが特徴。山本氏は「ワインはフレーバーがよく出てしっかりしたものになるし、選酒もより厳密に行える。しかし大変な手間がかかる」と言う。4500個ほどの樽を常備し、専従の樽職人を雇用している。

 第2次発酵の熟成はクリュッグと同じく5年。しかもヴィンテージものはマグナム瓶を用い、王冠でなくコルク栓のためワインが安定して寿命が長い。他メーカーが行うフィルターによるろ過をしないのも特徴だ。

 ボランジュを山本氏は「スケールの大きいシャンパン」と言う。色が濃く、泡立ちが良く、芳香も強い。「初心者には難しいかもしれないが、少しシャンパンを飲み込んだ人を魅了する味」(山本氏)という。

(松本治人)

閲覧履歴

    クリッピングした記事

    会員登録後、気になる記事をクリッピングできます。