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朝鮮半島の運命決めた3人の米大統領 朝鮮独立への「三・一運動」100年を読み解く(下)

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朝鮮を日本に託そうとしたT・ルーズベルト大統領

 2人目は日露戦争の停戦を仲介し、ノーベル平和賞を受賞したT・ルーズベルト大統領(同1901~09年)。精力的なリーダーシップと「カウボーイ」的な個性で、現在でも最も偉大な大統領の1人と評価されている。ルーズベルト大統領は韓国を冷淡にみていた。同国は政治的自立が難しく、経済的にも貧弱であるに加え、地政学的に日清・日露戦争にみるような紛争の種であると考えていた。

 長田氏は「米国にとってコスト面から自ら介入するほどの存在ではなく、他国がコントロールしてくれさえすれば事足りる小国だった」としている。ルーズベルト大統領が期待したのが、近代化に成功した日本。「膨張するロシアを抑制するために日本が韓国を手にしてけん制役となるのを望む」と公言していた。

 米国がやっかい事に巻き込まれず、既得権益が侵されないためにも、最悪の状態に陥っているようにみえる朝鮮民族をどん底から引き上げるためにも、日本に任せるのが米国にとってプラスと、ルーズベルト大統領は考えていたようだ。日露戦争期に米朝条約の「周旋条約」に基づく援助要請も、問題にもせず無視した。長田氏は「ルーズベルト大統領の政策は、積極的な不介入といえるものだった」と指摘する。

 後継者のタフト大統領(同1909~13年)はラテンアメリカと東アジアに豊富な資本力を背景にして対外進出を図る外交政策を展開した。しかし朝鮮半島の問題はルーズベルト時代を踏襲した。日本が米国の権益に手を付けず、宣教師の布教活動を妨害しないことを条件に、日本の韓国併合を黙認した。

 大きな影響を与えた3人目のウィルソン大統領(13~21年)は、朝鮮人の期待が最も高かった米国のトップリーダーだろう。日本の統治下にあって、理想主義的な同大統領の「民族自決主義」は、朝鮮民族のエリート層を魅了した。

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