泉田良輔の「新・産業鳥瞰図」

ゴーン氏の日産における経営者としての成績表(下) テクノロジーアナリスト/GFリサーチ 代表 泉田良輔

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 今回も「ゴーン氏の日産における経営者としての成績表(上)」に続いて、日産自動車の元会長であるカルロス・ゴーン氏の経営者として評価を実績データに基づいて行う。前回は、日産の株価や業績の推移を見た。その結果、ゴーン氏が日産の取締役兼最高執行責任者(COO)に就任した1999年6月から同氏が2005年4月にルノー社長(兼CEO)に就任するまでは株価や業績が高水準で推移したが、それ以降、同氏が2018年11月に逮捕されるまでの株価や業績はやや見劣りすることを示した。

ゴーン体制における日産の転換点

 では、ゴーン氏が2005年にルノー社長に就任して以降、2018年に逮捕されるまでの間に日産の経営の何が変わったのであろうか。

 財務面では、すぐに大きな方針転換があったとは言えない。下図は、日産の短期および長期借入金といった負債を株主資本で割ったDEレシオを示したものである。

 1999年に公表された経営再建策「日産リバイバルプラン」では、自動車事業における有利子負債の削減が目標に掲げられており、2002年にスタートした中期経営計画「日産180(ワンエイティ)」でも有利子負債に関する目標があった。そのためか、会社連結での負債金額は2004年3月期まで大きく増えることはなかった。

 当時、日産は当初3カ年計画であった「日産リバイバルプラン」を1年前倒しで達成し、「日産180」を発表。その中で、2001年度には259万台だったグローバルにおける販売台数として360万台(2004年10月から2005年9月まで)を目指すべく、「グローバルの販売台数100万台増販」「連結営業利益率8%達成」とともに「自動車事業の実質有利子負債ゼロ」を目標に掲げた[4]

 そうした有利子負債に関する制限がある一方で、業績の回復によって株主資本が積みあがり、結果としてDEレシオが低下したと言えよう。

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