学校で教えない経済学

恵方巻き、ロス削減要請が正しくない理由~見えない別のムダが発生~

記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

 節分の時期に店頭に並ぶ恵方巻きについて、農林水産省が作りすぎを控えるよう流通業界に要請し、話題となっています。コンビニエンスストアなどで大量の売れ残りを廃棄する様子が交流サイト(SNS)に投稿され議論を呼んだこともあるだけに、インターネット上では「いい取り組み」「当然のこと」などと好意的な反応が目立ちます。

 恵方巻きに限らず、食べ残しなどで捨てられる「食品ロス」への批判が強まっています。恵方巻きについて、農水省は食品資源を有効に活用する観点から、需要に見合った販売をするよう要請したそうです。

 今年2月3日の節分に向けた生産準備はほぼ終わっているとみられ、要請にどれほど効果があるか疑問もありますが、少なくとも来年以降は農水省の意向を無視できないでしょう。形式上は要請でも、政府の言うことである以上、企業側は事実上の義務と受け止めるはずです。

 けれども政府主導による食品ロス削減は、本当の意味で無駄減らしにつながるのでしょうか。残念ながら、答えはノーです。

 恵方巻きなど大量の食料が廃棄される様子は、視覚を通じて私たちに強烈な印象を与えます。ですが経済問題について正しく判断するには、目に見えるものだけにとらわれてはいけません。目に見えないものも考慮に入れる必要があります。

 19世紀フランスの経済学者フレデリック・バスティアは「見えるものと見えないもの」と題するエッセーで、次のようなたとえ話をします。

 パン屋の小さな息子がうっかり、店の窓ガラスを割ってしまいます。父親の店主はカンカンですが、見ていた人がこうなだめます。「まあまあ、悪いことばかりではないよ。たとえば、そら、ガラス屋が仕事にありつくじゃあないか」

 一見、もっともらしく思えます。ガラス屋がやって来て、壊れた窓ガラスを取り替え、代金を受け取り、にっこり笑います。窓には新品でピカピカのガラス。ガラスを割ってくれたおかげで、パン屋や町内が豊かになったようにすら思えてきます。でもそれは、ガラス屋の笑顔や真新しいガラスなど、目に見えるものだけに注意を奪われているからです。

 本当に豊かになったかどうかを判断するには、目に見えないものについても考えなければなりません。ガラス交換の代金が2万5000円だったとしましょう。もし窓ガラスが割れなかったら、パン屋の主人はそのお金で新しい靴を買うつもりでした。そうなれば、窓ガラスと靴の両方を持っていたはずです。

 ところが実際には窓ガラスが割れ、その交換にお金を使ってしまったので、靴をあきらめ、窓ガラスだけで満足するしかありません。豊かになるどころか、手に入るはずだった靴を失い、貧しくなってしまったのです。

 しかし多くの人は、それを理解しません。買いたかった靴という、目に見えないものの存在に思い至らないからです。米国の経済ジャーナリスト、ヘンリー・ハズリットは著書『世界一シンプルな経済学』(邦訳は日経BP社)でバスティアのこのたとえ話を紹介し、経済について正しく考えるには、目に見えないものを見る想像力が必要だと強調します。

閲覧履歴

    クリッピングした記事

    会員登録後、気になる記事をクリッピングできます。