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日産・ゴーン氏事件と日本版司法取引 郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士 郷原 信郎

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 11月19日、日産自動車の代表取締役会長だったカルロス・ゴーン氏が、代表取締役のグレッグ・ケリー氏とともに、東京地検特捜部に突然逮捕され、3日後に開かれた臨時取締役会で代表取締役会長を解職された「日産・ゴーン氏事件」。12月10日にゴーン氏は起訴された。

 しかし、ゴーン氏は日産自動車・三菱自動車の代表取締役会長の座を追われたものの、親会社であるルノーは、代表取締役会長の解職を見送っている。

 「司法取引」と称して社内調査の結果を検察に持ち込み、ゴーン氏を解職する「クーデター」を仕掛けた西川廣人社長ら日産経営陣だが、その後の展開にはいくつかの「誤算」が重なっている。

 そのような日産経営陣の「誤算」が起きた背景には、本連載の「日本版司法取引導入で問われる企業のコンプラ対応」でも解説した「日本版司法取引」の構造的な問題が大きく関わっている。

■事件の概要

 検察は逮捕直後、「2015年3月期までの5年間で、実際にはゴーン会長の役員報酬が計約99億9800万円だったのに、有価証券報告書には合計約49億8700万円だったと虚偽の記載をして提出した、金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)」と発表した。

 しかし、有価証券報告書は、ゴーン氏が個人的に書いて提出するものではない。総務などの担当部門で情報を集約して作成し、会社として提出するものだ。有価証券報告書での役員報酬が過少に記載されていたのであれば、会社の組織の問題であり、それがなぜ、ゴーン会長とケリー代表取締役だけの「虚偽記載の犯罪」となるのか、容疑事実の中身は判然としなかった。

 その後の報道で、「虚偽記載」の対象とされているのは、ゴーン氏が日産から「実際に受領した報酬」ではなく、退任後に「別の名目」で支払うことを「約束した金額」に過ぎないことが明らかになった。

 まだ支払いを受けていない退任後の「支払いの約束」は、過去に現実に受領した役員報酬とは違って、確実性がない。今後の経営状況等如何では、事実上履行が困難になる可能性もある。ゴーン氏が会長として役員報酬額をすべて決定できる時に現実に支払いを受けるのと、退任後、その時点での社内手続きを経て支払いを受けるのとでは、支払いの確実性が全く異なってくる。ゴーン氏が無事に日産トップの職を終えた場合に支払いを受けることへの「期待権」に過ぎないと見るべきだ。

 しかも、有価証券報告書の虚偽記載罪というのは、有価証券報告書の「重要な事項」に虚偽の記載をした報告書を提出した場合に成立するものだ。退任後に「支払いの約束」をした役員報酬は、記載義務があるかどうかすら疑問だ。少なくとも「重要な事項」に当たるとは考えられない。

 当初から、金商法違反はあくまでも「入り口」に過ぎず、特捜部はゴーン氏の特別背任罪などの「実質的な犯罪」の立件を予定しているのではないか、との観測もあったが、12月10日、検察が、当初の逮捕事実で起訴した後に再逮捕した事実は、同じ退任後の報酬の支払いに関する虚偽記載の「直近3年分」だった。この時点で、特別背任等の立件の可能性は低くなったとの見方が強まった。

 それどころか、直近3年分の虚偽記載について再逮捕が行われたということは、その期間CEO(最高経営責任者)として提出義務を負っていた西川氏自身も、刑事責任が問われかねない事態となった。

 そして、「直近3年分」の虚偽記載の容疑での勾留延長請求を裁判所が却下したことを受けて、検察は、急遽、特別背任での再逮捕に踏み切ったが、この再々逮捕事実とされた、ゴーン氏と銀行の間の通貨のデリバティブ取引の契約で発生した約18億5000万円の評価損の日産への付け替えも、その際に信用保証に尽力した関係者が経営する会社に対する、日産の子会社からの計1470万ドルの入金も、いずれも、日産側が社内調査で把握して検察に提供した事実ではなかった。

 日産にとって、この再々逮捕も「想定外の展開」だった上に、検察がこれらの事実を特別背任で起訴し、有罪に持ち込めるのかについても重大な疑問があり(詳しくは、Yahoo!ニュース【ゴーン氏「特別背任」での司法取引に関する “重大な疑問”】)、この先の展開は全く予断を許さない状況だ。

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