NEXT GENERATION BANK

「デジタルテクノロジーで浮かれる時期はもう終わり」 黒鳥社 コンテンツ・ディレクター 若林恵氏に聞く

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――このムックを編集する際に重点をおいたところは?

 今が大きな時代の転換点であることを明確にしておきたいと考え、アメリカのメディア評論家ダグラス・ラシュコフ氏の記事を先頭のほうに掲載した。彼は、これまでのデジタル化された経済は、それ以前のデジタルがなかったころのグローバルな産業主義がそのままデジタル化したものでしかなかったという指摘をしている。今、僕らが直面しなければいけない変化は、そこからいかに脱却するかであるという。

 つまり、GAFAを生み出したようなこれまでのデジタル化は、以前の時代の良くない部分をより肥大化させたという認識であり、その見立ては僕もまさにその通りだと思う。また、その記事がないと、ムック全体で伝えたいことがそもそも理解しにくくなるということもあり、その記事をムックの比較的先頭に置いた。

 また、特にヨーロッパで銀行が変わり始めているという事象については、その背景としてGDPRや、PSD2の理念を理解することが重要だ。そこで、その二つの法律については内容を詳しく解説するとともに、理念を明らかにして、なぜ今その理念が必要になっているのかという記事を掲載した。

 ポイントは「金融システムが本当は誰のためにあるのか」ということ。リーマンショックのあと、特に欧米ではこれがかなり強く追究され、結果として金融システムは変革されねばならないということになった。誰ももはや金融システムを信用していないので、金融システムをどう健全化するかという議論が生まれ、健全化に際してデジタルテクノロジーをどう使っていくのかという論点が出てきた。

 そしてその延長線上で、銀行というものが、お金に加えて、個人のアイデンティティーとより強固に結びついていくことになり、「お金=個人データ=私」といった関係をもとに情報銀行のようなものが出てくる――といった流れでこのムックを構成している。個人の決済の履歴のようなものが、自分の信用そのものになっていく事例として中国の「アリペイ」についての記事などを入れた。

――決済履歴をもとにした信用スコアについては中国がかなり先んじている。

 日本はほとんど勝負になっていないという印象だ。もちろん、中国では国が後ろに控えている不気味さはあるが、動いているシステムやアリババのビジネスの考え方は、インターネット、デジタル、モバイルといったデジタルテクノロジーのある意味、最も理にかなったものであると改めて思う。

 それは良いのか悪いのかという議論をすれば、基本的には良いものだと考えている。アフリカのケニアでは「エムペサ(M-PESA)」というモバイル送金サービスが普及した。エムペサが普及した理由はいろいろあるが、そもそもケニアでは銀行口座を持てない人が大勢いたことが大きい。

 従来は、ケニアの人たちがどうお金を動かしているかは見えなかった。ビジネスを始めようとしたとき、銀行口座がないため、与信もできない。それがモバイル送金ではログが残っているため、お金の動きが可視化され、与信が可能になった。これは非常に意味がある。個人のデータが本人のために、本人に有利なように使えれば、それは本人のエンパワーメントになる。それを第三者が勝手に使って評価する場合が問題なのであって、信用スコアを作ること自体に問題があるとは言えない。

 信用スコアが低いなどで個人の行動が制限されるといった不利益を被る可能性もあり得る。よくわからない理由で行動が制限される、あるいは信用スコアが上がらないといったことがあればフェアではないし、ましてそのデータを、第三者がある方向に向けてユーザーを操作するために使うことは許されない。そのあたりの透明性や説明責任をどうサービス提供側にもたせるのか、というところは極めて重要な課題となる。

 お金のデジタル化で良い点は、そもそも排除されていた人たちがかなり救われることだ。日本の銀行では、不動産でも持っていない限り、どれだけ仕事の実績があっても個人の融資希望の多くは門前払いになる。仕事の実績評価は煩雑で時間がかかるためだろうが、AI(人工知能)を使って決済履歴が分析できるようになれば、大部分の人には実績に応じた適切な融資が可能になるはずで、これは大きな進歩だろう。

 アリババについて言えば、既存のマーケットをほとんど破壊せずに、ビジネスを拡張しているという原理に則っている点が評価できる。顧客とサプライヤーをマッチングさせてニーズを満たすことができるので、アリババのプラットフォームにのることで、ビジネスチャンスが広がる。それでいてお金をもらう側が、スマホさえあればほとんどコストをかけずに導入できる。さらに、明確な金額がシステムに記録として残っていくことは、政府の徴税上も望ましい。こういう幅広いメリットが生まれるところがお金のデジタル化の肝であり、それは日本でも北欧でも同様であると考えると、アリババのやり方は理にかなっており、サービスの基本的な考え方は、インターネットの当初の理念にもかなったエレガントなものだと思う。

(聞き手は干場一彦)

若林恵(ワカバヤシ・ケイ)
1971年生まれ。編集者。ロンドン、ニューヨークで幼少期を過ごす。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業後、平凡社入社、『月刊太陽』編集部所属。2000年にフリー編集者として独立。以後、雑誌、書籍、展覧会の図録などの編集を多数手がける。音楽ジャーナリストとしても活動。2012年に『WIRED』日本版編集長就任、2017年退任。2018年、黒鳥社(blkswn publishers)設立。著書『さよなら未来』(岩波書店・2018年4月刊行)、責任編集『NEXT GENERATION BANK 次世代銀行は世界をこう変える』(黒鳥社/日本経済新聞出版社・2018年12月刊行)。https://blkswn.tokyo

キーワード:経営・企画、経営層、管理職、経営、技術、プレーヤー、イノベーション、フィンテック、ICT

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