勝ち抜く中小経営への強化書

働き手の気持ちに応える離職防止策 日本政策金融公庫総合研究所 主席研究員 海上 泰生

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経営者との直接的なコミュニケーション

 従業員同士の横のチームワークに加えて、経営者と従業員の間の縦のコミュニケーションを重視する企業も多いといえます。

 例えば、A社は年2回、社長と全従業員が個人面接をする機会を設けています。また、採用の段階から、会社説明会に参加した学生を社長室に招き入れ、社長が直接対話するようにしています。最終面接では、入社前に思っていたことと入社後の実務とのミスマッチを防ぐため、時間を制限せずに、お互いに納得するまで話し合います。

 B社では、社長と従業員が個人レベルで交流しており、社長からは交流サイト(SNS)ツールのLINEを用いて励ましや助言など多岐にわたるメッセージが送られてきます。従業員の誕生日には、社長直筆の手紙が届くこともあります。直接的な交流を通して、高い信頼関係が保たれているようです。

 こうした経営者との緊密なコミュニケーションは、大企業にはなかなかまねのできない中小企業ならではの持ち味です。仮に、会社に対する不満が生まれても、早い段階で発見できるため解消しやすいという利点があります。従業員の側からみると、経営者との距離が近ければ、自分のことを見てくれているという実感を持てます。いわゆる承認欲求が満たされれば、孤立感や疎外感を抱かないようになります。

 もちろん、各社各様の事情があり、上の例のような濃密なコミュニケーションを実現できる企業ばかりではないでしょう。そのため、自社の規模や拠点数に合ったコミュニケーションの方法を選択することが望ましいといえます。

 例えば、従業員数390人のC社は、本部長級に現場の全権を任せており、社長自身が頻繁に現場と接する機会はあまりありません。その代わりに、全従業員を集めて、社長自ら経営指針を説明する機会を年1回設け、距離感を縮めるように努めています。

 支店数が多いD社では、月1回、全社員を1カ所に集めて開催する会議の終了後に、社長が部屋の出口に立ち、全従業員と握手をして送り出します。時間は短いですが、従業員一人ひとりとのつながりを深めるのに有効な取り組みといえるでしょう。

 以上のように、事例企業が実施している人材定着の促進策から、(1)一人ひとりへの配慮、(2)チーム活動を促す仕掛け、(3)従来型の行事による親睦や交流、(4)経営者とのコミュニケーションの4つをポイントとして挙げました。もちろん、これ以外に、給与の引き上げや職場環境の改善への努力は必要です。それでも、従業員の気持ちや意向に応えて離職率を引き下げている事例企業の取り組みに、離職防止の鍵になる要素があるようです。今回紹介した内容が人材の定着に多少なりとも役立ってくれればと期待します。

(※)本稿は、日本政策金融公庫総合研究所発行の『日本公庫総研レポート』No.2018-4「人材の定着を促す中小企業の取り組み」(2018年6月、みずほ総合研究所(株)に委託して実施した調査の報告書を当研究所が監修)の一部を抜粋・再編集したものです。(https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/soukenrepo_18_06_27b.pdf
海上 泰生(うなかみ やすお)
日本政策金融公庫総合研究所 主席研究員。早稲田大学法学部を卒業後、中小企業信用保険公庫(現・日本政策金融公庫)入庫。現在、主に、中小企業、産業、雇用、地域に関する研究に従事。最近の論文に「就業者の離職意向を決定する要因 ―入職時の労働需給と就業者の個人属性に関する分析―」『日本政策金融公庫論集第40号』(2018年8月)、「中小企業において順調な人材育成の実現を促す各種の要因と具体的な組織的取り組み」『日本中小企業学会論集第37号』(2018年7月)がある。

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