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経営者が心に刻む言葉 大和ハウス樋口会長に聞く 「凡事徹底」の真意とは

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 第一線で活躍する経営者には、心に刻んだ言葉があるものです。記者がこれまで取材の過程で、大和ハウス工業の樋口武男会長から聞いた”心に残る15の言葉”を紹介します。大和ハウス社長就任時に1兆円強だった売上高を、4兆円突破目前まで拡大させた経営手腕から学ぶこととは?

■「愚痴は言わない」

 樋口氏は1961年に関西学院大学法学部を卒業、大阪市内にあった鉄鋼商社に入社します。自らを鍛えようと63年、大和ハウス工業に転職。その後、大和ハウス専務を経て、93年には関連会社だった大和団地社長に就任。さらに2001年、大和ハウスと大和団地の合併に伴って新生・大和ハウスの社長に就任、04年からは会長となり現在に至ります。

 かつて新卒で入社した鉄鋼商社を辞めて、大和ハウスに移る当時のエピソードです。自宅で転職話をしたところ、夫人から「転職してうまくいかなくても、愚痴だけは口にしないで」と言われたとか。だから苦しいときも、家で愚痴をこぼしたことがありません。大和ハウスの管理職だったころ、上司である役員から執拗な嫌がらせを受け、涙をのんだときでさえもです。

■祖母の3つの教え

 そんな負けず嫌いの樋口氏。出身は兵庫県尼崎市です。子供のころは両親と父方の祖母、弟や妹と暮らしていました。「明治生まれの祖母は厳しかったですね」(樋口氏)。4歳のある日、おねしょした布団を丸めて隠し、遊びに出たことがありました。この隠し事が祖母に発覚し、幼い樋口氏は、納屋の柱に荒縄で縛られそうです。そんな祖母の教えは(1)うそとごまかしはいけない(2)人に迷惑はかけない(3)闘ったら勝て――という3つでした。社会人になってからも、この3つの教えを忘れたことはないそうです。

■「長たる者、決断が大事」

 樋口氏は74年、36歳で大和ハウスの山口支店長となりました。支店は70人強の陣容。若き支店長は鉄拳制裁も辞さずで臨んだところ、部下らの心が離れてしまったとか。本当につらい日々だったそうです。そんな折、大和ハウス創業者の石橋信夫氏(社長、会長、相談役を歴任。社内では「オーナー」と呼ばれる)が、山口まで視察にやってきたのです。その夜、石橋オーナーが宿泊する温泉旅館でともに食事を済ませた樋口氏。その流れで、一緒に入浴することになりました。

 オーナーの背中を流しているうちに、つい口をついて出たのが「こんな孤独なものだとは思っていませんでした」という台詞。これに対して、オーナーは「長たる者、決断が大事やで」とぽつり。問いかけへの直接の答えではありませんでしたが、心にずしりと響いたそうです。その後、管理職として樋口氏の姿勢が変わりました。夜遅くなっても、部下が戻ってくるまで支店で待ち続けることに。そして部下の発言に十分耳を傾けたうえで、決断するよう心がけたそうです。結局、支店の成績も上昇に転じ、ついに社員1人当たりの売上高、利益とも全国トップになりました。オーナーは多弁な人ではなかったのですが、「何もかも見抜いたうえで、私に言葉をかけてくれたのでしょう」(樋口氏)。

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