天下人たちのマネジメント術

陸軍「秋丸機関」が戦後に果たした役割 摂南大学・牧野邦昭准教授に聞く(下)

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■重要だったのはドイツ経済の抗戦力分析

 ――秋丸機関は英米、日本、ドイツ、ソ連など各国別に調査しています。英米班では「対米英戦の場合、経済戦力の比は二〇対一程度」と判断していました。開戦後1年から1年半で最大供給力に達するとしていました。

 「米国の生産力の大きさを指摘する一方、島国である英国の弱点が海上輸送力であることにも言及しました。船舶が無ければ米国で生産した軍需物資は英国に届きません。英国への輸送船を撃沈し、補給を断って英国経済を崩壊させられるかどうかが焦点だったわけです」

 「しかし大西洋上の英米船を、日本海軍が攻撃するわけにはいきません。三国軍事同盟を結んでいた独・伊、特にドイツの経済戦力にかかってくるわけです。これまで注目されてきたのは主に英米班の結論でしたが、重要だったのは実は『独逸(ドイツ)経済抗戦力調査』でした」

 ――ドイツ班を率いていたのは武村忠雄・慶大教授でした。現役の陸軍主計少尉でもあるという変わり種でした。報告書は独ソ戦が始まった41年6月直後に完成しており、第2次世界大戦は新しい局面を迎えていました。

 「極めて正確な調査でした。ドイツの経済力は41年を最高点として42年から次第に低下すると指摘しました。ドイツは既に労働力の限界に達しており、食糧不足にも悩まされていました」

 「独ソ戦が2カ月程度の短期戦でドイツが勝利し、直ちにソ連の生産力利用が可能になれば対米英長期戦態勢が完成し、英本土攻撃も可能になるかもしれない。しかし長期戦になればドイツはいたずらに経済抗戦力を消耗して、第2次世界大戦の運命も決定されると結論しています」

 「現実の歴史も長期化したスターリングラードの戦いが分岐点となり、ドイツは敗勢に陥っていきました。ドイツの勝利を前提にしていた日本にも重大な影響を与えました」

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