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陸軍「秋丸機関」が戦後に果たした役割 摂南大学・牧野邦昭准教授に聞く(下)

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 太平洋戦争直前の1939年、日本陸軍が来たるべき総力戦に備えて各国の国力を調査しようとしたのが「秋丸機関」(陸軍省戦争経済研究班)だ。戦前における一流の経済学者を網羅した一大シンクタンクだったが、同機関が作成した緻密な調査報告書は、結局41年の日米開戦を止めることはできなかった。それでも秋丸機関の経験は構成メンバーにとって戦後の復興に役立てることにつながったという。摂南大学の牧野邦昭准教授に聞いた。(写真は秋丸次朗中佐、秋丸信夫氏提供)

マルクス、ケインズ…駆使したビッグデータ

 ――秋丸機関の設立は39年のノモンハン事件がきっかけだったといいます。

 「ソ連(当時)の機械化部隊に敗北したことは、戦争の形態が最後は戦車や飛行機を作る生産力や経済力の戦いであることを、陸軍に痛感させました。満州国の経済計画に携わっていた秋丸次朗・主計中佐は『関東軍参謀部に秋丸あり』と日本の財界にも知られた工業政策のエキスパートでした。陸軍省に呼び戻され研究チームの結成を任されたのです」

 ――統計学の権威だった有沢広巳・東京帝大助教授(当時、戦後教授)も秋丸機関に誘われました。

 「治安維持法違反で検挙され保釈、休職中だった有沢は秋丸らから『軍が世界情勢を判断する基礎資料とするため科学的、客観的な調査研究が必要だ』と力説され、主査を引き受けたと述懐しています。月給は当時で500円だったといいます」

 ――現代の貨幣価値に直すと100万円以上でしょうか。秋丸中佐は経済研究におけるトップレベルの知能を集大成したい狙いでした。国内経済力、生産力の各種統計や指数など、いわば当時のビッグデータを活用しての調査だったようです。

 「慶応大の武村忠雄、立教大の宮川実、東京商科大(現在の一橋大)の中山伊知郎らも研究チームに加わりました。後の近代経済学の大家からマルクス経済学者まで学派や政治的立場の違いを超えて集められました」

 「政治学者や法学者も網羅し、個別調査は各省の少壮官僚や満鉄調査部なども協力したといいます。ケインズ、ハイエクなどの経済学の文献も取りそろえ、マルクス経済学の再生産の考えも取り入れて分析していました。公開された数字だったものの、米国の経済データも入手していました」

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