東大卒棋士のAI勝負脳

「職業としてのプロ棋士」と就活 将棋棋士6段・片上大輔

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 こうした自己分析を受験の1年前から行って、ゴールから逆算して考えることができたのも、将棋での思考方法が役立っていたと思う。 将棋はまず「こうなれば自分の勝ち」という場面を想定し、その局面へ誘導していくための読みを重ねる。受験にあてはめると、合格に必要な要素の抽出→受験日当日までのスケジュール管理→1日単位や1か月単位での進捗確認……といった手順だ。

 ただ、受験はうまくいったが将棋の方はずっと3段のままだった。在学中ずっと就活で失敗し続けていたようなものだ。

好きでなければムリ、好きなだけでは続かない

 プロ棋士という職業は特殊な面が多い。収入面で恵まれている職業に見られがちだが、羽生善治竜王が毎年のように年間1億円以上の賞金を獲得している一方で、自分のようなCクラスの棋士では年収1000万円を超えるのもなかなか難しい。

 約160人の現役棋士の中で、昨年1年間の獲得賞金が2000万円を超えたのはわずか8人にすぎない。弁護士や金融マンになった大学時代の友人と比較して、私が生涯賃金で上回ることはおそらく難しいだろう。勝負の世界だから年功序列もなく、その年の成績によって収入が大きく変動するのは頑張り甲斐がある半面、不安定でもある。

 日本将棋連盟は公益法人で、株式会社と違って倒産はない。ただ同業他社が存在しない一種の「独占体」だから安定しているかといえばそれも違う。将棋ファンが減ってしまえばスポンサーが離れ、マーケット自体が消滅する恐れすらある。連盟の理事を4年間務めた間は、そんな心配と常に背中合わせで、新たなファン層の拡大とスポンサーの獲得に汗を流す日々であった。

 棋士になりたければ競争に勝って4段になるしか道はない。他に道がない、というのもこの世界の特殊な点のひとつである。その中から藤井聡太7段のように中学生で「就職」してしまう者も現れるし、二十代半ばになって、ようやく収入を得られる者もいる。ちなみに中学生で4段になった藤井ら5人はみな高校に進学した。加藤一二三9段はさらに早大に進学している。

 将棋が好きでなければ棋士になれないが、ただ好きなだけでは目指せない職業でもある。最近は早めに奨励会を退会して有名大学に進学し、その後医師や弁護士や金融商品の開発担当者として活躍しているケースも多い。しかし私の場合、棋士への就活に失敗し続けた大学時代に、ほかの職業を選ぼうという気持ちはなかった。

  ひとつは、すべての情報が盤上に示されている中から最善の選択をするという棋士の仕事が自分にマッチしていると考えたからだ。もし棋士になれなければ、おそらく何らかの研究職を探していたと思う。自分を比較的冷めた目で客観的に見られる(と自分で思っている)面も向いていると思った。冷静さを失った時に勝負に負けるものだからだ。困難に直面したときに自分なりの対処法を自力で見つけられるという自負もあった。

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