学校で教えない経済学

政府は無駄を減らしたがるか?~「証拠に基づく政策」の限界~

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 小規模のランダム化比較試験で効果が確認された政策介入を、もっと多くの人々に拡張すると効果が薄れてしまう「一般均衡効果」が生じる可能性もあります。たとえば、ある地域で行われたランダム化比較試験によって、大学教育の収益率が高いとわかれば、政府は大学教育を受ける人を増やそうとするでしょう。しかし、これまでは大卒者が少なかったから希少性があったのに、労働市場で大卒者の供給が増加すると、希少性が下がり、大卒者の賃金は低下し、当初想定していた収益率を下回ることが予想されます。

 このように経済はデータから正しい結論を導けるとは限らないうえ、結論が正しかったとしても、それに基づく政策が期待した効果を上げるとはいえないのです。

政治家や官僚は効果がない政策もやめない場合がある

 証拠に基づく政策立案のもう1つの限界は、政府を動かす政治家や官僚は欲望を持つ生身の人間であり、自分の利益にならないことはしないという事実です。

 データ分析の結果、ある政策に効果がないと言われても、政治家や官僚は自分の利益になる政策であれば、あれこれ言い訳をつくってやめないでしょう。「弱者保護のため」「安全保障のため」「文化を守るため」など理由はいくらでもできます。どうしてもやめなければならないなら、別の政策に乗り換えるだけです。

 人間は自己の利益を最大化することを目的として合理的に行動するという考えを、経済だけではなく政治にも適用する「公共選択論」という研究領域があります。代表的な学者でノーベル経済学賞を受賞した米国のジェームズ・ブキャナンは「政治家や官僚は一般人と変わらない。一般人と同じように、報酬を最大化しようとする」と述べます。証拠に基づく政策立案を手放しで推奨する専門家には、こうした現実的な人間観が欠けています。

 証拠に基づく政策立案にこれらの限界がある以上、それほど強い期待をかけることはできません。事実、すでに大きな失敗例もあります。米国の「落ちこぼれ防止法」です。

 2001年に成立した同法は、証拠に基づく政策立案の代表例といわれます。法律の中で「科学的な根拠に基づく」というフレーズが実に111回も用いられているといいます。

 同法は学力を測るため、毎年すべての生徒に対し、読解力と数学のテストを義務づけます。前年と比較して進展の度合いを細かくチェックし、基準を満たさない場合、教員の再訓練などを行い、それでも成果が上がらなければ、学校閉鎖という厳しい措置をとります。競争強化により、生徒の学力は底上げされるはずでした。

 ところが期待に反して、学力に大きな改善が見られない一方、教育省全体の予算は2015年でおよそ874億ドルと2000年の2倍強に膨らんでしまいます。とても政策の効率向上に役立ったとはいえません。

 民間企業の場合、お金の無駄遣いが数字で示されれば、無駄減らしの意欲につながります。無駄遣いは経営効率を悪化させ、市場競争で不利になるからです。しかし政府の場合、効果が薄い政策の証拠を突き付けられても、自発的に無駄をなくす動機になりません。市場競争で収入が減る心配のない政府の関係者にとって、無駄な予算であっても温存するのが「合理的」だからです。

 税金の無駄遣いを本当になくしたいのであれば、こうした政府の本質を前提に考える必要があるでしょう。

(木村貴)

キーワード:経営・企画、人事・経理、学生、営業、技術、製造、経営層、管理職、プレーヤー、経営、人事、人材、研修、イノベーション

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