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コマツ元社長・安崎氏に学ぶ「最期の日々」 作家・医師の久坂部羊氏寄稿 「賢明な死にざま」を考える

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 コマツ元社長の安崎暁氏が5月26日に81歳で亡くなった。安崎氏は2017年12月「感謝を伝える会」を都内で開き、友人や仕事関係者ら約1000人に別れを告げた。大企業元トップの生前葬は異例である上、がんの延命医療を選択しなかったことから「人生最期の日々」の過ごし方に一石を投じた。家族や自分の余命を知った時、安崎氏のように進むべき道を決断できるだろうか。作家・医師として多くの「死にざま」を見つめてきた久坂部羊氏に、安崎氏の最期から得た所感を寄稿してもらった。

■高齢での末期がん、「治療しない」がベスト

 先ごろ亡くなった元コマツ社長の安崎暁氏は、2017年秋に末期の胆のうがんと診断され、延命治療は受けずに、残りの半年ほどを人生の整理に当てられたとのことである。

 実にうまい最期を迎えられたと感心する。

 延命治療を拒否した安崎氏の死を「潔い」と感じた人も多いようだが、私はそうは思わない。80歳を超えて末期のがんが見つかれば、治療しないのがベストであることは自明であり、別に捨てがたいものを捨てたわけではないからだ。治療をすれば何とかなったと思う人もいるだろうが、その可能性は極めて低く、悲惨なことになる危険性のほうがはるかに高い。安崎氏はその現実をよくご存じだったのだろう。

 巷(ちまた)には医療幻想がまん延しているので、何歳になっても医療が助けてくれると思っている人も多いかもしれないが、医療はもろ刃の剣で、ヘタをすると患者は助けてもらえないだけでなく、余計な苦しみを押しつけられる。それで多くの人が悔いの残る最期を迎えるのだが、死ぬのは一回きりなのでやり直しが利かない。さらに「死人に口なし」で、ヘタに死んだ人から失敗談を聞くわけにもいかない。

■「がん」は人生を整理する時間を与える

 私は外科医時代に、悲惨な終末期医療を目の当たりにし、逆に在宅医療で穏やかなみとりを何度も経験したので、死ぬときには医療的なことは何もしないのがいちばん安らかだということを実感している。だから自分が死ぬときも、死戦期の苦痛を抑える鎮静剤くらいは求めるかもしれないが、入院などはしないつもりだ。入院すれば、病院側も何もしないわけにはいかないから、いろいろ検査や治療をして、こちらを苦しめるのは明らかだ。

 何年か前に、複数の週刊誌が医師に行ったアンケートで、どんな死に方がいいかという問いの答えは、いずれもがんが1位だった。一般に人気が高いと思われるポックリ死は、人生の整理ができないし、周囲にも迷惑をかける。同じく、多くの人が望みそうな老衰も、不如意で苦しい時間が長いので、死ぬまでが安らかではない。そこへいくと、がんは人生を整理する時間もあり、超高齢になって苦しむ前に確実に死ねる。がんによる死が苦しいのは治療をするからで、放っておけばさほど苦しむ前に死ねる。だから、専門家の判断としては、どうせ死ぬならがんということになるのだ。

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