日本企業の競争力を奪った統治改革の失敗 経営はだれのものか

悪夢の始まり ―― 株主代表訴訟制度の改革 加護野 忠男

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日米構造協議と株主代表訴訟制度の改革

 過去20年間にわたる会社統治制度の改革の嚆矢となったのは、株主代表訴訟制度の改革であった。それまでの代表訴訟では、手数料が損害賠償請求金額に応じて決められていたのに対し、改革当初は、8200円の手数料を支払い、株主でありさえすれば、だれでも過去の経営判断に関する取締役の責任を問い、損害賠償を請求できるようになった。この制度が導入される際に危惧された乱訴が起こってしまった。弁護士が自ら仕事をつくる機会をつくってしまったのである。

 それだけではない。この制度は、企業経営者の意思決定基準にも目に見えない悪影響を及ぼし、日本企業の活力を奪うのに十分に貢献した。このような奇妙な書き方をしたのは、この制度改革の一つの目的は日本企業を弱くすることにあったからである。

 株主代表訴訟制度の改革は、日米構造協議での米国の要求事項であった。構造協議の目的は、日米の貿易不均衡をなくすために日本企業に有利な制度的構造的条件を除去し、制度を平準化することであった。日本の企業を弱くすることが狙いであったというのがいい過ぎであれば、少なくとも、米国企業と同じハンディキャップを日本企業に背負わせることであったということはできる。

 米国では、1960年代後半から70年代にかけて株主の発言力が高まり、企業の競争力が低下した。これと同じ条件をつくることが米国側の狙いだったとはいえるであろう。

 米国側の要求と合わせて会計制度、銀行制度の改革も行われた。その結果として株式の持ち合いが解消され、日本企業の力を落としてしまった。持ち合いは、健全な長期志向の経営を担保するための日本的な知恵だったが、この条件も捨てざるを得なくなってしまった。

 代表訴訟制度をはじめとした制度改革は、実際に米国の目論見通りの結果になってしまった。統治制度を改革したのに、一向に株価は上がらないという声が聞かれるが、それは当たり前である。むしろ株価の低迷はある意味で当然の結果である。そもそも日本企業を弱くするのが制度改革の狙いだったからである。上場企業の力が弱くなっているのに株価だけが上がるはずはない。

 日本の経営者の多くは、株主代表訴訟の制度が変わってもあまり深刻な影響は及ぼされないだろうと思っていたが、企業の活力を奪ううえでは大きな効果があった。

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