技術を武器にする経営 日本企業に必要なMOTとは何か

イノベーション経営を阻む三つの関門 伊丹 敬之、宮永 博史

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日本語ワープロでは

 日本語ワープロの事例で、イノベーションの三つの段階と、魔の川をはじめとする三つの関門を例示すると、次のようになるだろう。

 前述の森さんたちのグループでは、日本語ワープロに取り組む前に郵便番号自動読み取り機の開発で、手書き文字をコンピュータ処理する技術の蓄積が進んでいた。言語というものをコンピュータ処理するという、筋のいい技術を育てるプロセスが始まっていた(A)。

 そのプロセスが進んで、日本語を書けるタイプライターのようなものの研究という目標が作られたが、その研究での魔の川は、かな漢字変換方式を採用した際の正解率であったろう。人間に許容できるスピードで正解の漢字を提案できるソフトが作れそうだと判断されたときに、魔の川を越え(B)、基礎的な研究段階から開発段階へと移行した。

 しかしこれも、ワープロの技術を仕上げるという「技術を育てる」プロセスの中間点にすぎなかった。この正解率というソフトの問題以外にも、機械として日本語ワープロを利用可能なものにするためには、ディスプレイやプリンターの開発も必要だった。価格からして、最初の市場ターゲットはビジネス用途に絞られて開発が始まる。市場への出口を作る段階に入ったのである(C)。

 その開発にある程度メドがたった段階で、死の谷がきた。死の谷は、試作機を事業部長の前で実際に動かしてみて、事務系女子職員(つまりコンピュータ専門家ではない人)でもその機械を使って日本語の文書を速いスピードで作れるかのテストをすることだった(D)。それに成功して、日本語ワープロプロジェクトは死の谷を越えられた。

 その先には、市場への出口を実際に作るプロセスがくる。展示会での試作機の発表、実機としての生産体制の形成などが短時間のうちに行われた。そして、実際に発売されて、その新製品はダーウィンの海を泳ぎ出す(E)。そしてその海(つまり市場)の中で顧客から多くの反響が生まれ、市場に受け入れられた。市場への出口が作られたのである(F)。

 ビジネス社会に受け入れられたという意味では、この時点で社会が少し動き始めた。しかし、そこまでならダーウィンの海を半ばまで泳いだにすぎない。その先に、本格的に社会が動く段階が待っている。それが、パーソナル用の小型機が10万円を切る価格で発売されたときである。多くの人がこの製品を歓迎し、彼らの文書生活を変え始めた(G)。

 ただし、こうして社会が動くためには、単に技術的に優れた製品が提供されるだけでは不十分で、たとえばワープロの操作方法を教える教室を準備するなど、社会での受容と普及のための手配りがぬかりなく行われる必要があった。そうした条件を東芝がきちんと整えた結果、社会が確かに動き、イノベーションが成就したのである。

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