孫子に経営を読む

人に致して人に致されず――主導権を握ることが、戦略の鍵 伊丹 敬之氏

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 武田信玄が戦場での旗指物に掲げさせた有名な言葉に、「風林火山」という言葉がある。これは、『孫子』の軍争篇(第七)にある言葉の一部を取ったもので、変幻自在に敵の裏をかく戦略の基本を語ったものである。

「其の疾(はや)きことは風の如く、其の徐(しずか)なることは林の如く、侵掠(しんりゃく)することは火の如く、(中略)動かざることは山の如く」(軍争篇〈第七〉金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店、94頁)

 動くときには風のようにきわめて迅速に、ひそむときには音もない林のように、いざ攻めるときは火のように激しく、動かないときは山のように。それは、動と静の変幻と徹底の重要性を語る言葉である。

 軍事の戦略の場合は、戦場の敵が「致す」対象としての「人」となるわけだが、企業の戦略の場合は、人とは二種類ある、と考えるべきだろう。競争相手と、それよりももっと大切な、顧客という人である。競争相手という人に対しての、致して致されず、という戦略のポイントは理解しやすい。競争相手に対して主導権を握ることの大切さである。

 では、顧客に対して「致して致されず」とは、どう解釈したらいいだろうか。

 顧客に対して「致す」とは、顧客に対して主導権を握る、ということである。それは、積極的に顧客に対して働きかけ、発信していって顧客の潜在ニーズに訴えかける、ということになるだろう。

 前回で紹介したiPhoneの事例は、ジョブズが顧客に対して強い発信を積極的に行い、潜在ニーズを掘り起こした例である。ジョブス自身は、「顧客は自分が本当は何が欲しいか、創造的な製品を実際に提供されるまで分からない」といっている。だから、ジョブズは市場調査のようなことにはあまり価値を置かず、自らの発信に重きを置いた。

 つまり、顧客に対して「致す」企業とは、顧客に対して自分の主張をする企業である。顧客に「致される」企業とは、ご用聞きのように顧客の言いなりになる企業である。孫子の戦略からすれば、自分の主張をして主導権を握ることのできる企業が大きな成功を収める、ということになる。もちろん、その主張が顧客の真のニーズに合致しているという大前提はあるが。

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