孫子に経営を読む

上下が欲を同じくし、経営者は現場に口出ししない 伊丹 敬之氏

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 勝てる者の第二のタイプは、現場の作戦行動を兵力の大小に応じて適切に工夫できる者。

 衆寡の用とは、兵力の大小などをうまく使いこなすことである。そうして現場の作戦行動、あるいは企業の言葉でいえば組織の動かし方をきちんと工夫できる者なら、たしかに勝つ可能性は高いであろう。戦力はただ大きければいいというものではない。小粒な兵力でもそれを機敏に使い回せば、量的規模に優る敵にも対応できることがある。

 勝てる者の第三のタイプは、組織の上下で同じ思いと欲を共有している者。

 つまりは、人心の統一ができていて、上も下も同じ方向を目指している、ということである。『孫子』では、あちこちで人心統一の重要性が説かれている。すでに第2回で道(経営理念)を成功の第一の鍵要因として紹介したが、それも人心統一をもたらすためであった。経営においても、人心統一の重要性については多言を要しないだろう。

 続いて第四に、自ら深く考えて準備をし、相手が準備のないまま行動するのを待ちかまえている者。

 虞とは、おもんぱかる、ということで、つまりは深く考え、事前の準備をするということである。その準備とは、さまざまな蓄積をしっかりしておくというだけでなく、兵力や資源の効果的な運用のための体制や計画の準備もあるだろう。そんな蓄積と準備の整った軍が、不虞(つまり備えのない)の軍を待ちかまえていれば、戦いに勝つ確率は高い。

 ここで、「待つ」という表現がわざわざ入っているところが、にくい。たんに、虞をせよというだけではないのである。考えた上で「待ちかまえている」者が勝つ、と孫子はいう。

 なぜその敵は不虞なはずなのにあえて戦さを挑んでしまうのか、事情はさまざまにあろう。それをときに予想して、ときに相手を挑発して、しかしとにかく自分の方は虞である状態にして、待っているのである。「飛んで火に入る夏の虫」を待つ、と表現してもいいかも知れない。その火を用意せよ、火の明るさで相手を誘え、ということであろう。

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