孫子に経営を読む

事前の仕込みこそが、勝利の秘訣 伊丹 敬之氏

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 しかし、戦う前に勝つ態勢を作れ、といわれると、「それはそうだが、世の中にはあえて賭けに出る勝負の時もある」という反論が返ってきそうだ。たとえば、織田信長の桶狭間の奇襲作戦は、まさにその例ではないか。

 信長は、桶狭間という尾張と三河の国境に近い谷あいに今川義元の大軍が滞留しているところを、少数の兵で急襲してみごとに義元を討ち取った。そしてこの勝利が、尾張の一武将に過ぎなかった信長を一気に天下統一へと押し上げていく。

 しかし信長は、こうした賭けにも見える奇襲戦法をとることは、桶狭間以降はなかった。敵の勢力を上回る大軍を準備して、ひた押しに押して相手をすりつぶすような、勝つ態勢を作っての戦いを、常とした。あるいは、日本で最初に鉄砲を大量に使った戦さとなった長篠の戦いのように、新兵器とそれを生かす新戦法を十分に準備して、勝てる態勢を作った上で戦った。それが、常勝織田軍団の戦さの定石であった。

 たしかに、ぎりぎりに追い込まれた状況だった桶狭間だけは、信長は「先ず戦いて」しかる後に勝ちを求めた。しかし、桶狭間の後は、つねに「先ず勝ちて而る後に戦いを求め」たのである。それに桶狭間も、無謀な賭けではなかった。今川軍の動静についてかなりの情報収集をした上で、勝てる唯一のタイミングを見つけたというのが真相のようだ。

 つまり、信長は桶狭間ですら、万人の目に明らかなような「勝てる態勢作り」をしていたわけではないが、微妙な人目に付きにくい「勝ちやすい状況」を選んでいた。

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