「凡戦者、以正合、以奇勝」 勢篇(第五)金谷治訳注『新訂 孫子』岩波書店、65頁
いよいよ、孫子の戦略論である。
ここに引いた言葉が、孫子の戦略論の一番のポイントだ、と私は思う。金谷訳によれば、「およそ戦闘というものは、定石(じょうせき)どおりの正法で――不敗の地に立って――敵と会戦し、情況の変化に適応した奇法でうち勝つのである」となる。
つまり、「戦略の基本は正、そこへ奇を加えると勝てる」。正とは、正統的で定石通りの戦略であり、奇とは、意外性をもった戦略である。奇正の組み合わせが重要で、その組み合わせにはいろいろなバリエーションがあり、それを考え抜くことが肝要である、と孫子はここに引いた言葉に続けて、さまざまな文学的な譬えを出して説いている。
たとえば、色について、孫子はこう書く。
「色は五に過ぎざるも、五色の変は勝(あ)げて観るべからざるなり」
つまり、色の基本は青・黄・赤・白・黒の五つだけだが、その五色の混じり合った変化は無数にあってすべてを観ることはできない、というのである。それと同じように、奇と正の二つの基本形の組み合わせもじつに多様で、その多様さの中からの選択こそが、戦略の選択の肝だ、と孫子はいう。
孫子は、奇正の組み合わせを考えることの重要性を説いているだけではない。奇正の順序が大切だ、とも考えている。まず正の戦略をきちんともち、その路線で動き出して、後に奇を加えるのが勝負の肝、というのである。
なぜ、「まず正」なのか。
二つの理由がありそうだ。第一に、自分の活動基盤を堅牢にするものとして、正が必要である。それがあるから、いろいろな動き(奇)を「その後に」付け加えられる。その基盤を作るのが正の戦略なのである。
第二に、敵の意表をつく奇が効果をもつためには、相手の予想をまず正で誘導する必要がある。その予想を相手がもっているからこそ、はじめて予想の裏をかく奇手が生きてくる。つまり、相手の予想の裏をかくような行動をとるためには、まず相手に「こんな行動をとる可能性が高い」という予想をもたせなければならない。そのために、正が必要なのである。