「論語と算盤」と現代の経営

今は『論語』の解釈を考え直さなければならないタイミング 守屋淳氏

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今思って、今行動する

守屋 以前、一緒に参加させて頂いていた『論語と算盤』の読書会のさいに、和田社長は「『論語』にしろ『論語と算盤』にしろ、過程というものを非常に大事にしている。人間いつ死ぬかわかりませんし、われわれは最終的にどこに行くのかもわからない。だけどそこに行くまでのかっこよさと言いますか、歩き方というものを非常に重視していて、そこが素晴らしい」ということを仰っていて、本当にその通りだと思ったことがありました。

 孔子というのは確かにそういう人でした。いつ死ぬかわからないし、どこで自分の人生が終わるかもわからない。だけど格好良く生きたい。徳を身につけていきたい。まあそういう読みをされる和田社長は凄い、と思った覚えがあります。

和田 この場合の過程とは、時間の概念と違うのだと思っています。目的があってそこに向かう段取りがあるということではなくて、今思って、今行動する。動いている状態そのものに価値があるというような考え方だと思うんですよね。

 仁は遠いけど思った瞬間に大丈夫とか、朝聞いたら夕方死んでも構わないみたいな話(※4)は、つまり、知って、しかる後に行動して、それが積み上って、最後に結果が出てという話ではなくて、知った瞬間に行動し、行動した瞬間に実現するという話だと思うんですよね。だから、ある目的と今との、時間や距離はなくて、瞬間に全部ということなのかなと思います。

 そこがもの凄く行動的なんです。つべこべ言わずにとっととやれというくだりも一杯あると思うのですけど(※5)、思っていることと、やっていることが一致している状態ですよね。やっていることが道に適っている、仁が実現しているというところが、もの凄く現世的というか現実的と言うか、元気が出ると言いますか。直ちにというところが凄く共感できますよね。

(※4)子曰わく、仁遠からんや。我れ仁を欲すれば、斯(ここ)に仁至る。(述而篇) 子曰わく、朝(あした)に道を聞きては、夕べに死すとも可なり。(里仁篇)

(※5)子貢、君子を問う。子曰わく、先ず其の言を行い、而して後(のち)にこれに従う。(爲政篇) 子曰わく、君子は言に訥(とつ)にして、行(こう)に敏ならんと欲す。(里仁篇)

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