「論語と算盤」と現代の経営

今は『論語』の解釈を考え直さなければならないタイミング 守屋淳氏

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 また、一企業の経営者に照らして言いましても、法の支配と法治主義につき似たような議論ができます。2側面あります。まずは、経営者の行動規範の議論。法で定めたら最後、正統性の議論が吹っ飛ぶというのが法治主義ですね。経営者も委任されたからといって、やる事なす事正当化されるわけではないと思うんです。経営者を、何故、どのように選ぶかにつき検証を止めてはならないし、選ばれた経営者もその精神が何であるかを常時考えなければならないということです。

 もう1つの側面がプロセス。法の支配ではなくなってきているということで、法、プリンシパル、道徳、単語は別として、いずれにせよ、根本が何かわからなくなっている。加えて、経営者も信用できない。この、法の支配がなく法治主義がはびこる状況でいかに事態を悪化させないかという問題への屈折した回答が、プロセス主義ですね。コンプライアンスと称して、ひたすら過程の細部を形式的にチェックする。儀礼的な手続きがもの凄く要求されるようになっています。

<FONTBOLD />守屋 淳(もりや あつし)</FONTBOLD></p><p> 作家、中国古典研究家。1965年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。大手書店勤務を経て、現在は中国古典、主に『孫子』『論語』『老子』『荘子』『三国志』などの知恵を現代にどのように活かすかをテーマとした執筆や企業での研修・講演を行う。主な著書・訳書に『現代語訳 論語と算盤』(ちくま新書)、『ビジネス教養としての「論語」入門』(日本経済新聞出版社)など。</p><p>

守屋 淳(もりや あつし)

 作家、中国古典研究家。1965年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。大手書店勤務を経て、現在は中国古典、主に『孫子』『論語』『老子』『荘子』『三国志』などの知恵を現代にどのように活かすかをテーマとした執筆や企業での研修・講演を行う。主な著書・訳書に『現代語訳 論語と算盤』(ちくま新書)、『ビジネス教養としての「論語」入門』(日本経済新聞出版社)など。

守屋 お話頂いたことは、渋沢栄一記念財団が主催をしている「論語とそろばんセミナー」にご登壇されている、一橋大学の田中一弘先生が丁度ご専門にされている内容と重なると思います。田中先生はアメリカから直輸入の、「人を信じないコンプライアンス」というのに、もの凄く反発されています。要は、「人を信じていません、だけど社長を任せます」というのは、どうなんだろうと。任せる以上、信用が大事であり、コンプライアンスというのもそこから考えるべきではないか、ということを田中先生は仰っています。

 ただ、そこで難しいと思うのは、日本の社長さんというのは、完全に独裁者だと言われています。自分の給与も自分で決められますし、人事権も握っています。そんな中では、自分で自分を律することが、だんだんできなくなってしまうのではないかという方も多いのですが、経営者が徳を身につけていくというのはどうすればいいのでしょうか。

和田 コンプライアンスとは遵法という意味なので、コーポレートガバナンスに単語を置き換えますね。コーポレートガバナンスを機能させるためには、社長交代の装置をちゃんと作ることに尽きると思っています。実際のところ、経営陣でなければ会社の中で何が起こっているかなんて分からないんですよ。だからしょうがないんです、これはもう、信じて任せるしか。どれだけ細部を開示させても、箸の上げ下ろしまで手続きを躾けても、どうにもなりません。

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