「論語と算盤」と現代の経営

社会貢献になる義を思い切ってやる勇を持つ 守屋淳氏

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守屋 マスコミの報道などを見ていますと、例えばアメリカとか中国は、環境技術という義を表に掲げて、その技術を囲い込むことによって、実は自国の利益とか、自分の、自国の会社の利益というものを図ろうとしているように見えます。義というものが、いわばお飾りとしての大義名分でしかなく、本当は利が欲しいということでやっているような状況が、どうもあるように見えてしまいます。そんな中で、渋沢栄一が言っているような、本当の意味での義利合一というのは、非常に大変ではないのかなと思いますが、その辺はいかがでしょうか。

岩崎 そうだと思います。単純にお金だけを得ようと思ったら、うち位の会社でも、今持っている技術をみんな高値で売ることができます。私は、社長としてその利益を全部もらってリタイアする、こういうことをやろうと思ったらできます。特に今は、中国やアメリカは、みんな日本のリチウムイオンバッテリーの技術、電気自動車の技術、太陽電池の技術が欲しいのです。

 確かに短期的な利を求めるときには、そのことを考えずに全部高値で売り抜ければいい。製造会社というと、高値で売れる技術を幾つか必ず持っています。そうした金の卵を産む親鳥を売ってしまうか、育てるか、ということですが、これはもう思想の問題でしょうね。

 アメリカの会社がみんなそうであるとは思いませんが、自分が辞める直前に株価をうまく高く上げて、ストックオプションで何10億か何100億かのお金をもらって辞めるという社長がいるという話があります。日本でも、そういうことが可能な会社は、いっぱいあると思います。では、みんながそれをやるかと言えば、やらない。自分のときにいい思いをするか、次の世代、次の世代と繋いでいくのかという精神は、『論語』の中にあると思います。「自分がいい思いをすることだけが正しいことではない」というのが、いろいろな文の中に垣間見られます。そういうことがある限り、自分のときにだけいい思いをしようとする会社は、日本ではそんなに出てこない。中国にでもアメリカにでも、今はいちばん高値で売れますので、それをやろうと思ったらチャンスなんですよ。

 

 なぜ高値で売れるかといいますと、今技術と言っているのは2つの種類があります。

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