クロネコ遺伝子-生き続ける「小倉昌男イズム」-

「やさしく言えるから管理職」――できないのは自らが理解していないから 岡田知也氏

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 クロネコの仕事は、全国に大きなトラックターミナルをつくり、地域ごとに木目細かい集配センターを配備し、多くの社員により荷物が運ばれていきます。大きなトラックターミナルには、高速自動仕分け装置を導入し、短時間で仕分け処理ができるようになっています。集配センターはより配達地域に近いところに設置するなど、骨格部分への投資はどんどん進んでいきます。その骨を守り、十分な機能を発揮するための、高度な情報システムなどの筋肉も、次々と導入されていました。

 では、小倉氏が言う「血流」とは何だったのでしょうか。

 それは、トラックターミナルや集配センターで働く、社員。高度な情報システムを使いこなす、社員だったのです。この社員が元気よく会社内で働いていることが、一番大切だと考えていたのです。血流が滞っている状態とは、社員が頑張って働こうという気持ちになっていないことを指していました。

 人は、自らの体の異常に気づかないことがあります。健康診断で見つかることもありますが、少し体調が悪いと感じたら主治医に診てもらうことも必要です。

 小倉氏は、会社も同じだと言ったのです。会社は健康だと思っても、どこか調子が悪いことがあります。その原因を自ら発見できないとき、労働組合が指摘してくれることがあるわけです。また、上手く行っていないなと自覚症状があるときも、労働組合が相談に乗ってくれます。

 なぜ労働組合を主治医と言ったのか。

 小倉氏は、会社にとって一番大切なものは、働く社員の気持ちだと考えていたからです。この社員を体にたとえると血流で、この血流が元気に勢いよく流れていることを望んでいました。社員を代表する労働組合は、体を守ってくれる主治医と同じ。信頼を寄せ、一番大切にしていました。それは、社員を大切にしていた証です。

岡田知也 著 『クロネコ遺伝子-生き続ける「小倉昌男イズム」-』(日本経済新聞出版社、2014年)3「やさしく言う天才」から
岡田 知也(おかだ ともや)
1983年、慶應義塾大学法学部卒業後、ヤマト運輸入社。宅急便創始者・小倉昌男氏のもと、経営理論を学ぶ。郵政民営化時に旧郵政公社に転職。後に、郵便事業で集配営業推進部長などを歴任。その後、マイルブリッジを設立し代表取締役就任、関連会社マイルエキスプレスの代表も務める。配送のラストワンマイルを大切な顧客接点と考え、上場企業から中堅企業までを対象に配送員改革、デマンドチェーン構築などの支援をしている。ペンネーム青田卓也として『社長でなくても変革は起こせる!』(日本経済新聞出版社)、『【ビジュアル図解】宅配便のしくみ』(同文舘出版)の著書2冊があるほか、専門誌、一般紙への寄稿、講演なども行う。

キーワード:経営、企画、営業、経営層、管理職、マーケティング、人材、研修、働き方改革

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