クロネコ遺伝子-生き続ける「小倉昌男イズム」-

「失敗を他人のせいにしない」――その段階で自らの成長はない 岡田知也氏

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 この携帯情報端末は、雨(水濡れ)や落下(の衝撃)にも強く、誤操作を防ぐ工夫など、実に細かいノウハウが詰め込まれています。端末機の製作は、長年、大手メーカーにお願いしていました。ポータブルポスという頭文字を取り、PP(ピーピー)と呼ばれています。

 このPPが、開発を経てメーカーから出荷になりました。メーカーは私たちを招待してPP出荷式をしたいと申し出てきました。そこで私たちは、役員も含め快く参加させていただくことにしました。メーカーの工場敷地内で出荷式は行われました。赤い絨毯(じゅうたん)が敷かれた上でテープカットが行われ、PPがメーカー役員から、ヤマト運輸の役員に手渡されます。参加者から大きな拍手がおきます。

 テープカットし、役員同士で手渡しされた最後のPPが大型トラックに乗せられ、工場の出口までゆっくり走り出します。セレモニーのひとつです。大型トラックが通る工場敷地内通路は、PPに携わっていただいたメーカーの方々でいっぱいです。その人たちが両側に立つ通路を、PPを乗せた大型トラックが、拍手のなかゆっくり進んでいきます。作業着を着たパート社員の方でしょうか、涙を浮かべている方もいらっしゃいました。

 トラック通路に立たれている方たちは、「お金をもらってPPという機械をつくった」という作業担当者の姿には見えませんでした。我が子を見送る母親や父親のような瞳をしていました。

 「頑張ってヤマトさんのお役に立てよ......」――参列したメーカーの方々の声が聞こえてくるようでした。

 これら2つの事例。広告代理店の方や、情報端末をつくっていただいたメーカーの方々のことを、ヤマト運輸にとってわき役と呼べるでしょうか。PP出荷式に参列していただいた作業着のパート社員の方も、光り輝く主役だったと思っていただいてよいのではないでしょうか。

 働く意義とは何でしょうか。ヤマト運輸の社訓には、「ヤマトは我なり」という言葉があります。仕事とは、お金をもらうことのためにあるではなく、自らの人生の時間を共有する大切な時間なのです。

 クロネコ遺伝子は、ヤマト運輸という1つの会社の枠を超え、受け継がれていくように思えました。

 やさしく、強く、そして温かく......小倉昌男氏の遺伝子は、なぜ多くの人々に受け継がれていくのでしょうか。それは、経営の心ではなく、人の生きる力だからです。

岡田知也 著 『クロネコ遺伝子-生き続ける「小倉昌男イズム」-』(日本経済新聞出版社、2014年)4「生き続けるから遺伝子」から
岡田 知也(おかだ ともや)
1983年、慶應義塾大学法学部卒業後、ヤマト運輸入社。宅急便創始者・小倉昌男氏のもと、経営理論を学ぶ。郵政民営化時に旧郵政公社に転職。後に、郵便事業で集配営業推進部長などを歴任。その後、マイルブリッジを設立し代表取締役就任、関連会社マイルエキスプレスの代表も務める。配送のラストワンマイルを大切な顧客接点と考え、上場企業から中堅企業までを対象に配送員改革、デマンドチェーン構築などの支援をしている。ペンネーム青田卓也として『社長でなくても変革は起こせる!』(日本経済新聞出版社)、『【ビジュアル図解】宅配便のしくみ』(同文舘出版)の著書2冊があるほか、専門誌、一般紙への寄稿、講演なども行う。

キーワード:経営、企画、営業、経営層、管理職、マーケティング、人材、研修、働き方改革

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