クロネコ遺伝子-生き続ける「小倉昌男イズム」-

「失敗を他人のせいにしない」――その段階で自らの成長はない 岡田知也氏

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上司の度量と部下の失敗

 仕事はひとりでしているほうが、気楽でよいこともあります。しかし、組織にいれば大きな仕事もできますし、仲間や上司に自分ができない部分や不足している部分を補ってもらうこともできます。

 ほとんどの場合、組織にいれば、いずれ部下を持つことになります。部下を持つと、ほとんどの人がその接し方や指示の仕方で悩むようになります。書店のビジネス書のコーナーに行けば、「部下の使い方」「良い上司になるには」など、部下を持った管理者が思わず手に取りたくなるような本がずらりと並んでいます。

 もともと、他人同士が仕事をするという目的のために集まっているのが会社です。その他人同士で、上司、部下という立場を理解しながら同じ仕事をしようとするわけですから、いろいろ難しい問題が出てくるのも当然なのでしょう。

 私が現場(支店)の営業課長をしているとき、ある支社会議での話です。支社内の営業課長たちは皆30~40歳代の中堅で、勢いがある人間たちでした。各支店の営業課長の発表が続きます。良いことは胸を張って発表していきます。しかし、悪い結果については、支店内の営業所の成績が悪かった、どこそこの営業所がもう少し頑張ってくれたら......と言い訳が続きます。どこの会社にもありそうな光景です。

 人間の幼い性(さが)として、良いことは自分の成果、悪いことは他人のせいにしたがるものです。営業課長たちのなかにも、自らの反省より、部下(営業所)の行動結果に対して厳しい態度をとってしまっている管理者がいました。私自身にも、そのような幼い性がありました。

 このとき、のちに会社のトップを務めることになる当時の支社長が発言しました。

支社長 みなさんお疲れさま。こんな言葉を知っているか。上司の度量と部下の失敗。

営業課長たち ......(心の中で、なんだ......いきなり何の話だ......)

支社長 自分の思い通りに人は動いてくれないものだ。失敗するから部下で、失敗しなくなったら上司になっている。皆さんは、部下の失敗について、どれくらいの大きさまで認められるか。この許せる失敗の大きさを、自らの度量と考えてみることだな。

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