クロネコ遺伝子-生き続ける「小倉昌男イズム」-

「需要など存在しない」――必要なのは新しい世の中をつくること 岡田知也氏

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 小倉氏は、素朴に考えました。

『宅配(宅急便)という仕事をするうえで、現在市販されているトラックがほんとうに使いやすい車両と言えるのか。セールスドライバーは、不便と思ったことはないのか』

『配送するセールスドライバーが気持ち良く仕事ができなければ、お客様にも良いサービスの提供ができない。使いやすくないのであれば、使いやすいトラックをつくれば良い』

 宅配専用車の開発の始まりでした。

 大きなお金をかけ、試作車第1号は、私が配属された営業所で導入になりました。私も現場の人間として、メーカーに対しいろいろ意見を出したものです。そうして完成したのが、現在も街中を走っている宅配専用車(ヤマト運輸ではウォークスルー車と呼ぶ)です。

 運転席から1度車外に出ることなく、直接荷台に行ける。車高が高いので、腰をかがめることなく、立ったまま作業できる。運転席や助手席から外に出るときの車のドアは引き戸になっていて、ドアを開けたときに歩行者などとの接触がないようになっている――など、配送担当者が仕事をしやすいようにつくられていきました。

 なぜ、多くの運送会社経営者が頑丈で、安いトラックに魅力を感じていた時代に、小倉氏はトラックで一番大切なことは「集配担当者の使いやすさ」だと、強くこだわったのでしょうか。

 そこには、小倉氏の運送業に対する根本的な考え方がありました。つまり、

「配送するのは人間で、トラックではない。主体は配送する人間である。主体である集配担当者が使いやすいと思えるトラックを購入することは、社長として当然のことだ。トラックの仕様に、集配担当者が仕事の動きを合わせるというのは本末転倒だ」

というわけです。

 専用車をつくればコストもあがることは承知していたはずなのに、専用車づくりをあきらめませんでした。小倉氏の大切にしていたものは何だったのでしょうか。彼(小倉氏)にとってトラックとは何だったのしょうか。丈夫で安いトラックが良いトラックではなかったのは、なぜでしょうか。

 小倉氏が思っている「良いトラック」とは、多くの荷物を積め、故障なく稼げるトラックではありませんでした。配送する人が使いやすいトラック。これが小倉氏の言う良いトラックだったのです。

 小倉氏は、その後も使いやすいトラックにこだわり続けましたが、そこで本当にこだわり続けたのは、トラックではなく、第一線で働くセールスドライバーの気持ちだったのかもしれません。セールスドライバーが笑顔で仕事すること。そのセールスドライバーが毎日使うトラック。見つめていたのはいつも......人の心......だったのかもしれません。

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