クロネコ遺伝子-生き続ける「小倉昌男イズム」-

「需要など存在しない」――必要なのは新しい世の中をつくること 岡田知也氏

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 小倉氏は、不幸な人間が出てしまうことを心の底から悲しいことと考えていました。間違いを起こしたら、不正をしたら、こんなペナルティー、処罰が待っている。そんな減点主義、罰則社会の寂しい考え方でなく、「人として正しい行いをして働くことの素晴らしさ」という考え方を、いつも社員に語りかけていました。

 不正を起こした人の処罰対応を決める会議でも、必ず労働組合の幹部をその会議に参加させていました。そして、その労働組合の意見をとても丁寧に聞いていました。なぜ、不正等を起こした社員の処罰を決めるのに、労働組合の意見をとても尊重していたのでしょうか。

 過ちを犯してしまったのは、会社にも責任がある。どうしてその人は、そのような過ちを犯してしまったのか。平素の仕事ぶりはどうだったのか。他の人間が同じ過ちを犯すことがないようにするにはどうすればよいか。社員の代表である労働組合を入れた会議で意見を聞き、議論し、最後に処罰を決定していたのです。

 人間は本来、素直で正直な生きものである。生きているなか、仕事をしているなかでときに心が弱くなり、本来の自分に負けてしまうことがある。これが過ちになる。だから平素から、心が負けてしまわないように周りが心がけしておかなければいけない――そう信じていました。

 小倉氏は、仕事における人間性を見る場合にも、まずは性善説に立つ人でした。経営者として処罰をしようとする立場・思いと、人としての再起を願う心。経営者として、人として、本当はどちらの気持ちが強かったのかは、私にはわかりません。ただ、「過ちを犯すのも人間」というこの言葉は、不正にかかわるものではなく、仕事や人生にチャレンジしている若者たちにも「失敗は恐れるな、正しいと思ったことを突き進め」と、そう話しかけていたように思います。

 ですから、心が折れそうになったとき、小倉氏の優しさをよりどころに自らを振るい立たせていた社員はたくさんいました。そしてこれが、新しいビジネスモデルを生み出していくヤマト運輸の原動力になっている思想です。

 言わば「人を許す経営」です。厳しい経営者である小倉氏が見つめていた原点の1つかもしれません。

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