クロネコ遺伝子-生き続ける「小倉昌男イズム」-

「需要など存在しない」――必要なのは新しい世の中をつくること 岡田知也氏

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過ちを犯すのも人間

 会社というものが人の集まりである限り、どうしても人のミスは起こります。ときには不祥事と言われるような事態も起きてしまいます。まだ私が若かった当時は、昨今のようなコンプライアンス(法令遵守)経営という言葉が一般的に言われるような時代ではありませんでしたが、小倉昌男氏は社員の不正に対してはしっかりとした考えを持っていました。

 小倉氏は、不祥事という不幸な出来事が発覚する度に、寂しそうに語りました。

『不正を起こした人が一番いけないのだが、過ちを犯すのも人間。その人に過ちを犯させてしまうような環境を会社が放置していたと、私たち(会社)も反省しなくてはならない。たとえば、現金が事務所の机の上に無造作に置かれていれば、ちょっとした出来心で手を伸ばしてしまう心の弱い人間もいる。昨日まで一緒に働いていた仲間が、今日は処罰する対象になっている姿は、とても寂しいことだとは思いませんか。私たち(会社)が努力して、不幸な人間を出してしまわないような職場環境や仕組みを常に考えておかなければなりません』

 不正を起こした社員に対して、「あの人、とんでもない......迷惑な人だ」「なぜ、いずれわかってしまうようなことをしたのだ」――職場では当然、非難の声が出ます。

 しかし、小倉氏は「不正を起こさせるような会社が悪い」と、自らが経営する会社を問題にしていました。そしてさらに、不正を起こした人に対しては、罪を償ってもらうことと、人間性そのものを否定することとに分けて考えていました。

 経理の仕組みや情報システムなど、仕事の流れを決めるとき、社員に過ちを犯すような気持ちを起こさせることのないような設計になっているか、常に確認していました。そして、不正ができないような仕組みになっていることを、あえて社員に積極的に公表するようにしていたのです。不正はできないようになっている。正しい仕事をして評価を得よう。この点を、現場管理者にも日常的に話すようにお願いしていました。

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