経営の失敗学-ビジネスの成功確率を上げる

その価値、顧客が求めていますか? 一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 菅野 寛

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 たとえば、大手システム・インテグレーターに自社の強みは何かと聞くと、多くの場合、「技術力」や「品質の高さ」という答えが返ってきます。確かにそれぞれ、高い技術を持ち、かゆいところに手の届くサービスもあり、その意味では絶対評価は90点のレベルに達しているかもしれません。

 しかし重要なのは、顧客がどう見ているかです。どの企業も絶対評価は90点であればまったく差はありません。実際、日本の大手システム・インテグレーターのトップ数社はどこも90点の品質です。顧客としては、誰に頼んでも同じということです。つまり、自社の技術や品質は絶対評価で90点であっても、相対的には他社との差は0点であり、競争優位性の源泉でも何でもないのです。

 もちろん他社が90点で、自社だけが70点や60点だったとすれば、土俵にすら上げてもらえないので、必死に90点レベルまで伸ばす必要があります。ただし、90点というのはあくまでも競争の土俵に上がる条件であって、勝つためのポイントではありません。90点は強みではなく、競争に参加するための最低限のチケットにすぎないのです。

 では、いったい何が競争優位性の源泉になるのでしょうか。ここで注意しなくてはいけないのが、「顧客の判断基準」です。顧客はどのようにシステム・インテグレーターを選んでいるのでしょうか。

 まずはシステムを期限内にきちんと納めてくれて、しかもそれがきちんと動くかどうかです。システムというものは、顧客の要望を聞きながら作っていくので、最初から100点の出来にはなりません。そのシステムの運用開始日をにらみながら、終盤にバグ(間違い)のチェックをしてみると、バグが山ほど見つかります。それでも、何が何でも間に合わせて納期を守りきれるか。大きなバグに対応するため、現状の人員体制では難しいときに、100人規模の増員をしてでも期日を守れる対応力や柔軟性を持ち合わせているかが問われるのです。

 また、いったん新しいシステムを運用し始めると、最初の2~3カ月は必ずといっていいほど、様々な不具合が出てきます。もちろん不具合が出ないのがベストですが、100点満点はあり得ません。そこで顧客が期待するのは、そこで不具合をひと晩で直してくれることです。

 大企業のシステム担当の責任者が一番恐れているのは、システムがダウンすることです。銀行のシステムが動かなくなったというニュースが大々的に報じられたりしますが、こうした問題が起これば、多数の顧客に迷惑をかけ、新聞沙汰になります。下手をすれば、自分の首が飛んでしまうかもしれないのです。そのため、たとえ短期的に赤字となっても、どれだけ無理を聞いて、速やかに不具合の解決に尽力してくれるか。そういうことが技術力以上に、顧客が重視する判断基準になったりするのです。

 このため、自社の競争優位性を、「相対的」と「顧客の判断基準」という視点を入れず捉えているのだとしたら、顧客の見方とは大きく食い違ってしまう恐れがあります。

 以上、一見当たり前に見える「顧客の求めている価値を提供する」という基本的な点において、現実のビジネスでいかに企業が過ちを犯しやすいかを、様々な例を挙げながら説明しました。皆さんも、「我が社が提供している価値は何か」「この価値は本当に顧客が求めているものか」を再考なさってはいかがでしょうか。

菅野寛 著 『経営の失敗学-ビジネスの成功確率を上げる』(日本経済新聞出版社、2014年)第8章「顧客が求めていない価値を提供してしまう」から
菅野 寛(かんの ひろし)
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。東京工業大学工学部卒業、同大学院修士課程終了。カーネギー・メロン大学経営工学博士。日建設計をへて、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)に就職。BCGでは十数年にわたって数十人以上の経営者の意思決定をサポートした。2008年より現職。主な著書に『BCG流 経営者はこう育てる』(日経ビジネス人文庫)がある。

キーワード:経営、マーケティング、管理職、人材、営業、イノベーション、経営層

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