経営の失敗学-ビジネスの成功確率を上げる

「都合のよい数字」で安心してしまう 一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 菅野 寛

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 当たり前のことですが、ビジネスとは商売なので最後には「なんぼ儲けたか」が問われます。したがって、ビジネスを数字で捉えることは基本中の基本です。それにもかかわらず、定性的なロジックの詰めだけで満足してしまい、数字の詰めが甘い例が見受けられます。以下、よくある例を紹介しましょう。

市場の大きさ・事業の大きさを考えない

 戦略を策定するときに、基本となる市場(あるいは市場セグメント)や事業の大きさを間違って捉えてしまうケースがあります。企業として掲げている目標をどう考えても満たすことができない事業規模、あるいは市場規模から考えると到底達成不可能な売上規模を目指して、市場攻略に腐心したりするのです。

 マーケット・シェアの理論的最大値は、仮に独占状態になっても100%です。たとえば250億円の売上を目標としてビジネスを立ち上げる際に、規模が200億円しかない市場を狙っていては、当たり前ですが、目標達成は絶対に不可能です。「そんな愚かな間違いを起こすはずがない」と思うかもしれませんが、これは案外よくある話なのです。一例をお話ししましょう。

 以前、私は海外の電話事業会社D社の役員と話す機会がありました。D社はもともと国営会社で事業を独占しており、日本円に換算すると数兆円の売上規模を誇る大会社でした。ところが、民営化・自由化によって競合他社が参入した後は、ご多分に漏れず、本業の電話事業の単価は価格競争でじりじりと下がり続けました。単価が数%下がっただけでも、日本円に換算すると1000億円規模で売上が下がるという状況でした。

 こうした本業の事業規模縮小の流れは変えられないと判断したD社は、新規事業に活路を見出そうとしました。その新規事業の1つがブロードバンドを使った動画の配信、特に映画のオンデマンド配信で、これで売上の低下を補おうと考えたのです。

 この話を聞いて違和感を覚えた私は、その国の映画館ビジネスの市場規模を調べてみました。すると、市場規模はせいぜい400億円程度だとわかったのです。仮にD社の映画配信事業が大成功して、今まで映画館に映画を観に行っていた顧客の50%がオンデマンド配信によって自宅で映画を観るようになったとします。さらに、D社がナンバーワンとなって、映画のオンデマンド配信市場の50%を取ったとすると、D社の売上は400億円×50%×50%=100億円程度です。

 1000億円規模で下がっている売上の穴埋めが目的だとすれば、100億円程度の新規事業が1つ成功したとしても焼け石に水です。本当に1000億円程度の穴埋めをする気であれば、100億円規模の新規事業を少なくとも10個程度は成功させなくてはいけません。仮に新規事業の成功率が4分の1だとすれば、40個の新規事業を立ち上げなければならないのです。電話という単一事業のみを粛々と営んできた企業が、異なる新規事業を40個立ち上げるなどというのは、ほぼ不可能に近いでしょう。

 この例は、自分が目標とする事業規模と市場規模の感覚が1ケタ(すなわち10倍)食い違っているという例です。初めから勝算のない戦いをしていると言わざるを得ません。1000億円の売上を作りたいのであれば、少なくとも1兆円程度の市場を狙わないといけないからです。

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