中東の実相に迫る

「イスラーム国」の拡散が止まらない理由 日本エネルギー経済研究所 中東研究センター主任研究員 吉岡 明子氏

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 中東の動揺が収まらない。残虐なテロを繰り返す過激派「イスラーム国」(IS)の勢力は一時より衰えたとはいえ、戦闘はなお続く。イランの核開発問題やイスラエルとパレスチナの争いも出口が見えない。一方、人口が増え、経済成長が期待されるこの地域は日本企業にとって有望な市場でもある。混沌とした中東の現状をどうとらえ、付き合っていけばよいか、連載で考えていく。

 日本のメディアに「イスラーム国」という奇妙な名前の武装集団の名前がしばしば登場するようになったのは、彼らがイラクとシリアで広範な支配領域を築くようになった昨年央あたりからだろう。その後、日本人の若者がこの集団に合流しようとしたことや、2人の日本人が犠牲になる痛ましい事件を受けて、日本でもすっかり名前が知られるようになった。彼らの登場の発端は、10年以上前のイラク戦争にさかのぼる。

イラク戦争が発端

 2003年のイラク戦争後、同国を占領下においた米軍は、国家の根幹とも言える治安維持をイラク国民に提供することができず、各地で武装集団の活動が活発化した。武装活動の大義は、占領軍への抵抗、海外帰りの元亡命政治家への反発、イランの影響力拡大への対抗、あるいは旧政権の復活、など様々だった。

地図1 イラクとシリアにおける「イスラーム国」の支配領域

地図1 イラクとシリアにおける「イスラーム国」の支配領域

 そうした混沌の中で頭角を現したのが、暴力によってイスラーム過激主義思想を実現しようとするジハード主義組織だった。ヨルダン人のアブー・ムスアブ・ザルカーウィが率いていた「タウヒードとジハード集団」はその代表的な1つだ。組織は離合集散を繰り返しながら、2004年にはアルカイダに忠誠を誓って「二大河の国(イラク)のアルカイダ」と改名した。

 武力によってイスラームの土地から異教徒を追放し、彼らが正しいイスラーム教徒によるものではないと考える統治体制を破壊しようとするそのイデオロギーは、アルカイダとよく似ている。だが、彼らに特徴的なことは、2006年の時点で「イラク・イスラーム国」と改名したように、比較的早い時点から「国」を自称し、国家の構築を意識していたことだろう。

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