孫子・戦略・クラウゼヴィッツ

すべての戦略には使うべき状況がある 中国古典研究家 守屋 淳

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 以上、「ライバルの数」と「やり直せる度合い」を縦横の軸に据えて、4象限としたのが図1になる。考え方の象徴となるような古今東西の戦略書を選び、マッピングしてある。

 この4象限に関して、若干の説明を加えておこう。

 まず、横軸のライバルの数は、右に行けば行くほど多数になるが、現実社会において100や1000といった単位まで増えるのは、先ほども触れたように、受験やコンクールといった人工的につくられた「己に克つ」状況以外はまず存在しない。この意味で、

「多すぎるライバルは、ライバルゼロか、自分自身がライバルとなる」

という円環のような現象が起きてくる。この場合、『孫子』のような「戦略」が有効な領域と、「己に克つ」ことが有効な領域との境目とは、自分が戦略の効果をコントロールできる範囲内までで、一般の人の場合多くても10前後までだろう。

 この軸では、1対1なら「怨恨感情の処理」が、ライバルが10程度までなら「第三者の有効利用」が、ライバルの数がそれ以上なら「効率のよい実力向上」が、それぞれポイントになる場合が多い。

 さらに縦軸の方では、「失敗したときにやり直しが利くか」で分類していくが、この軸で最も重要になるのが、「負け」をどう扱うか、という観点だろう。

 まず『孫子』のように、1回限りで負けられない状況であれば、いかに負けないか、いかに負けを回避するかが、1つのポイントになってくる。「必ず勝てる状態で戦う」「不敗を活用する」「白黒決着がつく状態に持ち込む前に手を打つ」といった『孫子』の知見は、この意味で非常に有効になってくる。

 逆に、ある程度の負けが予想される状況であれば、「敗北をワナにする」「敗北を自己向上の基にする」「相手に間違えさせる」といったゲームやスポーツの知見に、大いに使い勝手が出てくる。

 まさに、状況が180度違ったノウハウを要請する端的な例になってくるのだ。

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