孫子・戦略・クラウゼヴィッツ

「不敗」から「勝利」をめざす孫子の教え 中国古典研究家 守屋 淳

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 すべての戦略には使うべき状況がある。ビジネスやスポーツ、人生の勝負時、受験やファイナンス――。いまに生きる私たちが、そこで真に生かせる戦略とは何か。東洋戦略論のバイブルとされる孫武の『孫子』と、西欧戦略論の雄であるクラウゼヴィッツの『戦争論』を対比しつつ、古典の叡智を現代に生かす方程式を紹介する。

「不敗」と「勝利」の違い

 昨今、「勝ち組」「負け組」といった言葉がマスコミなどで当たり前に使われているように、戦いの過程や結果とは「勝ち」と「負け」に二分されると考えるのが、一般的かもしれない。

 しかし、そうした二分法は正しいのか、という根本的な疑義をはさんでみせたのが孫武だった。彼は、こう記している。

 不敗の態勢をつくれるかどうかは自軍の態勢いかんによるが、勝機を見い出せるかどうかは敵の態勢いかんにかかっている。



 ──勝つべからざるは己に在るも、勝つべきは敵にあり。(軍形篇)

 「勝利」と「敗北」以外に、戦いには「不敗」という過程や結果がある、と孫武は喝破(かっぱ)したのだ。この「不敗」という概念は、ビジネスに置き換えて考えてみるとわかりやすい。

 たとえば同じ規模、経営資源のライバル企業同士が、あるジャンルでシェア争いを演じたとする。お互いに必死で努力を重ねていれば、おそらく一進一退、どちらが勝ったとも負けたともいえない状態が続いていく可能性が高い。『孫子』はこれを「不敗」──つまり、負けていないと呼ぶ。そして、これは自分の努力次第で維持できると指摘する。

 確かに、ライバルに勝るとも劣らない努力を重ねている限り、そうそう負かされることはないはずだ。

 ナポレオン以前の君主同士の戦争では、基本的には軍隊の保全が最優先、軍事行動も予算のしばりがあって、行動半径も食料が確保できる範囲までと述べたが、軍事的にいえばこの状況で、無理せず睨み合いが続いたり、撤兵してしまうのが「不敗」となる。雌雄を決する強い動機がない限り、これでもまったく問題はないのだ。

 さらに、「勝利」できるか否かは、相手次第だと『孫子』は説く。

 先ほどの比喩を使うなら、もしライバル企業が代替わりに失敗して内部がボロボロになったり、不祥事を起こしてマスコミに袋叩きにされたりすれば、これは相手からシェアを大きく奪ったり、ライバルを圧倒してしまったりする格好のチャンスになる。

 だからこそ、まず「不敗」の態勢をつくっておいて、ライバルや環境のチャンスを見て勝ちに行くという道筋を『孫子』は戦いの基本に据えた。

 戦上手は、自軍を絶対不敗の態勢におき、しかも敵の隙は逃さずとらえるのだ



 ──善く戦う者は不敗の地に立ち、而(しか)して敵の敗を失わざるなり(軍形篇)

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