渋沢栄一 100の金言

責任転嫁が平和の敵なのだ 渋沢 健氏

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 「渋沢栄一はロックだ」――。ある日、私が設けている「『論語と算盤』経営塾」で、塾生が発表の際に熱く発した気づきが印象に残りました。クラシックやジャズと比べると、ロックとは「自分の生き方」を最も主張する音楽のジャンルです。今までのあり方や既存の常識に対抗旗を揚げて、自分が正しいと信じるあり方を提唱するのがロック。渋沢栄一の言葉を読むと、決して護送船団的な「やさしい資本主義」ではないということがわかります。かなり激しいビートを感じるところが少なくないのです。

 渋沢栄一のロックのビートを、ぜひ、遺してくれた言葉を通じて体感してください。

責任転嫁が平和の敵なのだ

平和の破れた暁に、
わが国はあくまでも平和を希望したなれど、
かの国が云々ゆえ、勢い止むを得ぬなどと、
ただ己れを善くせんとするがごとき責任転嫁の弁解は、
これすでに平和の敵である。
【「渋沢栄一訓言集」・国家と社会】

現代の言葉で言うと......

相手が悪いからと自分の行動を正当化する責任転嫁こそ、平和の敵である。

争いの予兆を無視した、見逃したという責任

 平和が失われた、そのときを想像してみましょう。

 我々は、あくまでも平和を希望した。けれども、彼らが専制的に動いたので、我々は防衛のためやむを得ない処置を取った。

 争いが国と国の間でも、人と人の間でも、このような説明をよく聞きます。確かに自己防衛という強烈な反応は、人間だけではなく生物の原則です。ただ、自分の行動を正当化する責任転嫁こそ、平和が失われる原因です。

 争いには、二者が必要です。ほとんどの場合、両側に言い分があり、どちらかが絶対に正しいことも、絶対に間違っていることもありません。

 また、争いが本格化する事前には、必ず、互いのすれ違いの予兆がありますが、それを無視していたか、見逃していた自分がいることも確かです。それは、自分の責任であるはずです。

 平和とは、自然に発生するものではない。自分たちが意識を持ってつくる状態だ。このような責任感が平和を守るには必要です。

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