中国大停滞

エリート幹部も懸念する「中所得国の罠」 経済評論家 田中 直毅

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 楼部長の指摘したデータによれば、上海の人件費はジャカルタの1.16倍、バンコクの1.8倍という。すでにこうした人為的な賃金引き上げによって企業の収益力に問題が発生したというのが楼部長の認定である。

「中所得国の罠」に陥る可能性は「五分五分」

 第3段で彼はさらに2つの問題点を取り上げる。ひとつは中国社会が全体として債務過多に陥ったため、これの解消のためのデレバレッジ(債務削減)が重要だという点だ。債務過多に陥った要因の一端は、国際金融危機に臨んで中国が行った巨額の投資プロジェクトと、その後のバブル崩壊にある。不良債権処理の重大性は、日本のバブル崩壊後の状況を考えればよく理解できる。

 楼部長の指摘するこのデレバレッジの重要性について、中国発展改革委員会のマクロ分野のエコノミストは、私と2014年の初めに議論した際に次のように述べた。

 「中国経済のマクロのテーマはデレバレッジをいかに円滑に行うのかであり、希望的意見を述べれば、2年の間にデレバレッジに目途をつけたい」

 このとき私は、中国のマクロ政策担当者の間での債務残高抑制の必要性についての認識の広がりと、それに要する時間について決して楽観的にはなれない事情を理解した。「希望的には2年」と彼は述べたものの、実際には2年では済まないというニュアンスを私は受け止めたからだ。同様に、楼部長はデレバレッジについての認識がいかに重要なのかを指摘する。

 楼部長が指摘する2つ目の問題点は、すでに中国経済においては資本を過大に投入する時代が終わり、労働力人口が増えない局面であるがゆえ、イノベーションを担うはずの要素をいかにして社会の中から引き出すのかという点にかかわる。

 彼は「全要素生産性」という言葉を使ってこのことを指摘する。全要素生産性とは、一国の生産性を測る物差しとして最も一般的に用いられる指標のことだ。この全要素生産性の引き上げがなければ、中国経済の先行きは楽観できないと述べる。

 この講演の3段目で楼財政部長はさらに「中所得国の罠」というテーマにも触れる。「中所得国の罠」とは、発展途上国が経済成長の過程で直面する大きな壁である。1人当たり所得は中程度の水準まで達したものの、さらなる高所得実現のための一段と高い経済発展軌道を歩もうとしても、結果として経済が長期にわたって低迷することを指す。世界銀行が提示した概念だが、数多くの国々がその罠に陥っているのが実態だ。

 楼部長が提起したのは、中国は今後5年から10年にわたって「中所得国の罠」からの脱却について真剣に考えざるをえない、という点である。しかも彼は、中国がその罠に陥る可能性は五分五分だとまで述べる。罠に陥らないためには労働市場を再び柔軟なものにし、知的財産権を保護し、土地の流動性や開放的な経済体制をとるべきだと言う。

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