中国大停滞

エリート幹部も懸念する「中所得国の罠」 経済評論家 田中 直毅

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 4月24日に行われた楼部長の講演の内容は、5月1日には清華大学のホームページに公表された。つまり、誰もがアクセスできる演説であり、したがって中国共産党が認めるものといえる。株式・不動産バブルが崩壊し、中国経済の先行きには罠が待ち構えるとの認識が広がる今日、楼部長のようなトップの実務担当者が、中国の経済社会をどのように捉えているのかはきわめて興味深い。

2007年の労働契約法が転機

 清華大学での楼部長の講演は4段に分かれる。

 第1段では、これまでの中国の経済成長を振り返り、どのような問題点がいま改めて指摘されねばならないかに触れる。彼によれば、2007年が中国経済の転換点となった。最大のポイントは、労働契約法がこの年に中国で制定・施行されたことだ。このときから中国において労働者の権利保護について本格的な検討が開始された。

 改革が十分なテンポで進まなかった胡錦濤・温家宝政権のもと、労働者に対する権利保護という大義名分に沿って賃金は大幅に引き上げられた。しかし、このことが結果として労働市場の流動性と柔軟性を低下させたというのが楼部長の分析である。

 すでに2007年までに労働条件については、年金、医療、住宅補助など、企業コストで吸収できるものについては相当程度の改善が図られたが、それだけでは十分ではなく、新たな労働契約法の制定に至った。

 2007年までの中国には「人口のボーナス」が十分にあった。すなわち人口の構成については、勤労世代が十分に厚く、年金、医療その他の恩恵を受けるべき世代が相対的に少なかったため、何とか問題を処理できてきた。しかし、2007年の転換点以降、問題は簡単ではなくなる。これが楼部長のこれまでの中国経済についての認定である。

 第2段で彼が指摘するのは、すでに中国経済の足元で巨大な変化が起きており、そのことが中国の成長にとって決してプラスにならないという厳しい現実についてである。

 「未富先老」がいわれるようになったのはちょうど2007年頃からだ。人口の高齢化は進む。労働力人口(16歳から59歳までの就労可能な人口)はピークをつけ、減少に入る時代が来た。

 「未富先老」とは、「いまだ富まざるに先に老いる」、つまり国民が十分な所得水準を実現し、社会保障制度がきちんと整備されないうちに、高齢化に伴う負担増を抱え込まざるをえなくなったことを指す。労働力人口のピークは2010年というのが定説であり、その後は時間の経過とともに労働力人口は減少する。他方、賃金水準についてはすでに見たように人為的な引き上げが行われた。

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