電子部品 営業利益率20%のビジネスモデル

ニッチの村田製作所 vs 多角化の京セラ フロンティア・マネジメント執行役員 村田朋博氏

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 セラミックスのひとつ、チタン酸バリウムとの出会いが、村田製作所の発展のきっかけとなりました。当時、誘電体材料として使われていたマイカの誘電率(=電気を蓄える力)が10未満、酸化チタンが100以下であるのに対して、チタン酸バリウムは10000と驚きの特性を示したのです。

70年間、土地や金融投資に目もくれず

 村田製作所は「誘電セラミックス」(主にチタン酸バリウム)、「圧電セラミックス」(主にチタン酸バリウムを研究するなかで出会ったセラミックスのひとつ「PZT」)に集中し、この2つのセラミックスの覇者になった、ニッチとしたのです。上記した製品群は、チタン酸バリウムおよびPZTを主としたセラミックスの知見が製品として結実したもので、幹は1つです。

 チタン酸バリウムに限らずセラミックスは「新素材」「ニューセラミックス」「ファインセラミックス」として脚光を浴びた時代があり、村田製作所だけではなく、日本企業だけでなく、世界の多くの企業が研究開発に取り組みました。しかし、どれだけの企業がセラミックスに注力し続けたでしょうか? 昨今の太陽光発電よろしく、一時の流行に乗っただけの企業は撤退したでしょう。村田製作所ほどセラミックスにこだわった企業は、世界でも稀有なのです。

 村田製作所は一途に誠実に着実にセラミックスを究めたのです。土地投資もせず、金融投資もせず、部品以外の事業には目もくれず、です。このように書くと当然ではないかと思われるかもしれませんが、本当でしょうか? 70年の社歴のなかで、一切、土地投資、金融投資、多角化をしなかった企業がどれほどあるでしょうか? 筆者は1%もないのではないかと思います。

 村田製作所も、創業以来70年間にわたり盤石であったわけではありません。小さな企業の時には、人員削減や労働争議も経験しています。売上高数千億円の企業になってからも、最大事業であるセラミックコンデンサにおいて、1990年代には太陽誘電とTDK、2000年代には三星電子の挑戦を受けました。新製品開発で三星電子に肉薄されるという事態もありました。しかし、自社のあるべきニッチを守り続け、ラジオ、トランシーバー、テレビ、VTR、パソコン、携帯電話、スマートフォン......と、ハイテク産業の波を越えるたびにニッチ度を高め、頂点を極めたと言えます。

 日本経済新聞紙上での大手部品企業の社長のインタビュー記事は象徴的でした。「村田製作所との差がどうして開いたのでしょう?」との記者の問いかけに、その社長は答えました。「村田製作所さんは部品に集中し続けた(※2)」。

(※2)村田製作所の圧勝......電子部品業界を一言で言えばこなりますが、村田製作所の好敵手として復活の兆しがあるのがTDKです。同社においては、最大の収益源であるHDDヘッド事業の収益環境が厳しくなっていますが、一方で、変化の兆しがあります。上釜氏が2006年に社長就任後の9年間は、EPCOS(2008年買収、負債含めて14億ユーロ、当時のレートで2350億円)の立て直し、加湿器の回収、(49歳の若さで社長就任したため)実権の掌握などに使われたと推察されます。しかし、2015年になって、HDDヘッド用サスペンションメーカー、ハッチンソンテクノロジーの買収、ルネサスエレクトロニクスの鶴岡工場の買収、ベルギーの磁気センサー企業ミクロナスの買収、高周波部品事業でのクアルコムとの提携......と矢継ぎ早に手が打たれています。

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