マネジメントインタビュー

経営判断の鍵は時代に合った価値観のバランス――渋沢栄一に学ぶ日本資本主義の原点 作家、中国古典研究家 守屋 淳氏

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――ハーバード大学の竹内先生は日本人にはリベラルアーツが不足していると言っています。ただ、リベラルアーツを日本語に直すと、一般教養ととらえる人も多いようですが...。

 実は私は、リベラルアーツ研修もやっているんです。この需要が結構あります。パッケージしたものからいかに外れていくか、そこで人を育ててくださいということが企業から出てき始めたからだと思います。

リベラルアーツの大きな意味は、まず自分を知ること

 私がやっているリベラルアーツ研修は、中国古典についてで、特に論語系のお話をしています。リベラルアーツの大きな意味は、まず自分を知ることである――私はこう考えています。たとえば東芝は、10年近く前からリベラルアーツ研修を実施しています。なぜ始めたかというと、当時の西田会長が、「海外で戦うにはまず自分のことがわかっていないと戦えないだろ。だから自分のことを知るためにリベラルアーツ研修が必要なんだ」と言ったからだそうです。まさしくその通りです。

 日本人は江戸時代以来、論語とか儒教の価値観に無意識の縛りを受けてしまっています。そういう意味では中国古典とか論語を学ぶと、自分が無意識に何に縛られているのか、すごく良くわかるんですね。それが己を知ることに通じてくる。たとえば、米国では一代で成功した人をアメリカンドリームの体現者と絶賛されるのに、なぜ日本では"成金"とか"成り上がりもの"と言われてしまうのかとか。全部、論語とか儒教で説明できちゃうんですね。

 でもそういう縛りというのは、言われて理解すれば自由になれます。でも、言われないとそういう価値観に縛られたままになってしまう。そういう意味での第一歩として、中国古典、特に論語系の学問はやったほうがいいと思いますね。そういう話をすると、「なるほどな~」と皆さんも納得されるわけです。じゃ、研修をやりましょうと。

 私とペアで研修をすることが多いのが、社会学者の橋爪大三郎先生です。橋詰先生が私の前に世界の宗教をやるというパターンで。世界の文化とか常識になった元を知りましょうというものです。日本人は宗教を知らなさ過ぎるので、世界に出て行ったときにとんちんかんなことをやりやすい。一方私は、そもそも日本人は何に縛られているのかという形で、論語とか儒教をやる。そういう構成になっているわけです。

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